4.お散歩は楽しいものです?(後編)

「あ、これなんかいいんじゃないですか……うわ〜、やっぱりすっごくよく似合う。お姉さまくらい美人でスタイル抜群だと、どんな服でも似合いますね。素敵♪」
「え〜い、いちいち抱きつくでないわっ! それに我はお主の姉になった覚えはないぞ」
「だって、折角のデートですもん。じゃあ『稲ちゃん♪』って呼んでいいんですか」
「馬鹿者、よいわけがなかろうが! ……仕方がない、それで許してやろう……だ〜か〜ら、いちいち抱きつくな!!」
 冬に備えてミニスカートとタートルネックのセーターと、ブーツと下着などを購入した。もちろん私の趣味で。それに早速着替えてもらい、目当ての豆腐屋さんに向かった。
「ねぇ見て、あの人すっごく美人」
「ほんと、しかもスタイルもいいし。モデルさんかなぁ。隣を歩いている女の人が羨ましい」
 そんな声がそこかしこから聞こえてきて、私は優越感に浸っていた。
「何だか妙に視線を感じるのだが」
 お稲荷様は道行く人から痛いほど浴びせられる視線に落ち着かないみたい。顔はほんのり赤くなって、きょろきょろと視線を泳がせていた。
 確かにあんな山奥の神社じゃあこんなたくさんの人が訪れる事はないだろうし、無理もないかも。
「――今無礼な事を思ったであろう」
 げ、ばれてる。ちょっと不貞腐れたような表情を赤くなった顔に浮かべたお稲荷様。
 それがとても愛らしくて、さっきの失言を誤魔化すついでにお稲荷様に抱きついた。
「お姉さまがあんまりにも美しいから、みんな気になって気になって仕方がないんですよ。いよっ、憎いね、この人殺し」
「馬鹿もん! 人聞きの悪い事を抜かすでない! 全く……ぶつぶつ」
「軽いジョークですって。女殺しや男殺しは本当のことですけど」
 これだけの美人が道を歩いていたら、誰かに声をかけられてもおかしくないけど、誰もが遠くから眺めるだけで、直接声をかけてくる人は居なかった。多分お稲荷様の持つ神々しい雰囲気に圧倒されて、声をかけるのさえ躊躇われているんだろうな。それに人混みと視線の多さにちょっといらいらしているのがピリピリとした空気を通じて痛いくらい分かるだろうし。これで声をかけてきたら、その人はかなりの大物か文字通り空気を読めない馬鹿だ。
 と、そんなことを考えていた矢先、私達の行く手を男3人が塞いでいた。見るからにチャラチャラした若者達。お稲荷様の最も嫌いなタイプだ。顔にははっきりと不快の表情が表れていた。
 あ〜あ、し〜らないっと。
「ねぇ、お姉さん、暇? 俺たちと遊ばない」
 チャラ男1(もう描写するのもめんどくさい)がお決まりの科白をのたまった。ピク、お稲荷様の眉が吊り上った。
「俺たちいい店知ってるからさぁ、行こうよ」
とチャラ男2。もうちょっと気の利いた科白はないもんか。すでにお稲荷様の顔には青筋が。
『お願いですから人殺しだけは止めて下さいね』
『ふん、こんな下らぬ者共のために我の手を汚すわけがなかろうが』
 わ〜、かなりご立腹。周りの空気がお稲荷様の怒りに怯えているのが見える気がした。
「ほら、行こうよ」
 そんな空気を全く読まず、お稲荷様の肩に触れたチャラ男3。火に油を注いだどころか、水爆の発射スイッチを押すのに等しい自殺行為。
 見る見る内に端整な顔が歪められ、般若のような表情を浮かべ、それでもお稲荷様は静かに、でもやっぱり抑えきれなかった怒りに声を震わせながら言った。
「……我に触るな」
「え? 何言ってんの」
 精一杯怒りを押し殺しているお稲荷様の努力を全く解することなく、チャラ男2の手がお稲荷様の手に触れた。その瞬間、どうにか噴火を止めていた火山――それも富士山なんか比べものにならないくらいの大きさの――が、ついに臨界点を超え、マグマが噴き出した。
「我に触れるなと言っておろうが!!!」
 バン! 空気が破裂する音が聞こえて、次の瞬間にはチャラ男軍団は、影も形もなかった。まさか……私の額を冷や汗が伝った。
「安心せい、殺してはおらぬ。ただ、こことは違う次元へと送ってやっただけよ。今頃鬼にでも襲われておるのではないかの」
 くく、と愉快そうに笑うお稲荷様を見て、二度とお稲荷様を怒らせないようにしようと固く心に誓った。
「……そ、それはそうと、こんなのを人に見られたら」
「見られたらどうなるというのだ」
「絶対大騒ぎになって……ない、一体どうして」
「くく、我の力を持ってすれば、目眩ましなど造作もないわ」
 確かに、街の空気はさっきまでと何も変わっていない。
 変わった事といえば……さっきまで痛いほど注がれていた視線が綺麗さっぱり消え失せていた事くらいだ。
「ついでに我とお主の姿を正確に捉えられぬようにもしておいたのだ。初めからこうしておけば、先程のような事はなかったの。先程の若者達には悪い事をしてしまったかの。まぁ、鬼との新たな恋が芽生えるかもしれぬし、あのまま無為に生きておるよりは余程いい経験が出来るだろうよ」
 笑えない冗談言わないで下さい。本気で怖いです。でも、何にせよこれで周りの視線を気にしなくてすむわけだから。
「お姉さま♪」
「でえ〜いっ、抱きつくなと、何度言えば分かるのだ、お主は」
「だって、お稲荷様とデートなんて、滅多に出来るもんじゃないですからね。それに、周りから見えないんなら、こういうのもOKですよね……あ〜、やっぱり、すっごく柔らかい。もう、食べちゃいたいくらい」
「んっ、こ、これ、い、いきなり胸を、さ、触るやつがあるか」
 さっきまでの威厳に溢れた姿は何処へやら、顔を真っ赤にして眉間にしわをよせるお稲荷様。
 キスだけで私をメロメロにしちゃうくせに、不意打ちには滅法弱い。
「お主には貞操観念はないのかの」
ってよく説教されるけど。でも、そんな事で挫ける私じゃない。
「私、すっごく我慢してたんですよ。何回お願いしてもお稲荷様嫌がるから。こうなったらドサクサに紛れて触るしかないじゃないですか……さぁ、もう少しで目的の豆腐屋さんに着きますよ。それまででいいですから」
「お主……見られる事はないとはいえ、人前でこんな事して恥ずかしくないのかの」
「そりゃあ、全然ってことはないですけど……好奇心が羞恥心を上回ったんです。それに、お稲荷様も見られてるって思ったほうが気持ちいいんじゃないですか」
「ひ、人を変態みたいに言うな!」
 お稲荷様の透き通るように白い肌が茹蛸のように真っ赤になった。何だかんだ言って、お稲荷様も満更じゃないのかな。
『お主も鬼と恋がしたいのか』
 ……喜んで辞退させていただきます。
「あっ、ありましたよお稲荷様、このお店です」
「ほう……くく、これはまた旨そうだの」
 目的地に着いて、出来立ての油揚げが目に入った途端、お稲荷様の機嫌が積乱雲から雲一つない晴れ空に早変わり。ニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべるお稲荷様が可愛くて、揚げを10枚と、おいしいと評判の木綿豆腐2丁をお買い上げ。
「そろそろ日が暮れますし、帰りますか」
「うむ、そうだの………………………」
「どうかしたんですか、お稲荷様」
 黙って私を見つめるお稲荷様に、私は首を傾げた。はて、私特に変な事はしてないよね(今は)。
「いや、その。な。あれだ……今日はなかなか楽しかったぞ。…………ありがとう、な」
 さっき以上に顔を真っ赤にしたお稲荷様。恥ずかしそうにポリポリとほっぺたを掻く仕草がとても愛らしくて、いじらしくて、少し意地悪をしたくなってしまった。
「お礼は態度で示さないと駄目ですよ。というわけで、今日こそはお稲荷様の体を触らせて下さいね」
「ぬっ、またお主はそういう……よかろう、特別に許可しよう。ただし、今日だけだからの」
 夜の始まりを拒むような鮮やかな夕焼けに顔を真っ赤に染めながら、私たちは手を繋いで帰路についた。

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