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妖華淫爛(ようかいんらん)・牝百合二輪 性なる夜の饗宴
(1)にがりさん作


(──やっぱり、着てこなきゃよかった──)
 あたし椎名 優子(しいな ゆうこ)は、とても後悔していた。
 日がすっかり沈んだ今あたしがいるのは、豪華客船の中に設けられたパーティー会場。広い室内に幾つものテーブルが置かれ、その上にいかにも高そうなお酒やら食べ物やらが所狭しと並べられている。
 普段なら滅多に来ないであろうこの場所にやってきたのは、うちと取引のある会社が今宵主催したパーティーに招待されたからだ。もっとも、メインで招待されたのは、少し離れたテーブルで談笑しているあたしの上司麻生一枝(あそう かずえ)部長だけれども。
 今年三十代の半ばを越えたという麻生部長は、成熟した大人の色気を漂わせる美人で、二児の母とは思えないほどスタイルもいい。外見だけでなく中身も、あたしなんかよりはるかに魅力的な女性だ。
 にもかかわらず、部長よりあたしの方へより多くの視線が注がれているのを感じる。別に、うぬぼれているつもりはない。注目を集めているのはあたし自身ではなくあたしの身に着けている衣服の魔力だろう、という事が分かっているから。
 蔓草模様をあしらったノースリーブの白いチャイナドレス。半ば透けるような純白の布地に身体のラインを強調するつくり、それに腰まである深いスリットは、どんな色気のない女だって妖艶な美女へと仕立て上げる事ができるだろう。
 ただ、おいしいものを飲んだり食べたりするのが楽しみで来ただけなのに……ああっ、うっとおしい。いつもなら気にしなくていい不特定多数の男の視線が、しつこくてイヤだわ。
 きっ、と部長とは別のテーブルで談笑する同僚の男を睨みつける。もう、こんなもの着せるならエスコートくらいしろっての。
『今夜はせっかくのパーティーなんだから、こういう時くらい着飾っていけよ』
 そういって、奴は、このチャイナを着るように命令してきた。こないだのホワイトデーで奴から贈られたいわくつきの品だ。確かに、デザインは悪くないんだけど。
『中身はともかく、見た目だけは女なんだからよ』
 悪かったわね、見た目だけ女で。
『着けなかったら『お仕置き』だからな』
 どうして、お仕置きが出てくるのよ──と言いたい事は色々とあるけど、あたしに抗議する権利も拒否する権利もない。無意識に、チャイナの襟の辺りを指でなぞっていた。襟の下に隠されたそれが、全てを証明している。


(──あれ?──)
 ふと別のテーブルへ視線を向けると、そこに見覚えのある女性の姿があった。部長に負けず劣らずの知的な美人で、見事なラインを描く身体に薄い青のタイトなドレスがよく似合っている。狩谷 由美(かりや ゆみ)さん。このパーティーの主催者とは別の取引先で、社長秘書を勤めている。
 見れば、狩谷さんは一人でゆっくり食事をしているようだ。彼女と一緒にいれば、今みたいに視線を気にする必要はないんじゃないか。
「狩谷さん、こんばんは。お久しぶりです」
 あたしは、さりげなく狩谷さんの方へ近づき声をかけた。






「狩谷さん、こんばんは。お久しぶりです」
 周りなんて目もくれず料理を貪っている私の耳に聞き覚えのある声が届いた。そちらを振り返ると、やはり見知った顔が。うちの取引先に勤めている椎名優子さん。仕事で知り合って以来、プライベートでもサバサバした性格の彼女と気が合い、何度かお茶をしたことがある。
「あ、椎名さんじゃないですか。こんなところで会うなんて、奇遇ですねぇ」
「ええ、うちの部長に連れられて来たんですよ。狩谷さんは、篠山(しのやま)社長とご一緒に、ですか?」
「ええ、さっきまで一緒に居たんだけど、神風商事の会長に捕まっちゃって。あの人話長いから、当分戻ってこないんじゃないかしら」
「そうですか。じゃあ、ちょっとここで落ち着かせてもらっていいです?こんなもの着てきたせいで、変な目で見られているような気がして」
 そう言う彼女の格好は、白のチャイナドレス。中まで透けそうな布地にくっきり現れた整ったボディーライン、腰まで入ったスリットがとても色っぽい。
 これでは見るなという方が無茶な話だ。見るからにおちつかない彼女の申し出を、私は快諾した。断る理由なんてあるはずがない。
「落ち着いて飲食できやしないんですよね。一緒に来た人たちは、みんなばらばらに散らばってるし」
「椎名さんに良く似合ってるけど、確かにその格好じゃ男連中の注目の的になっちゃうかもしれませんね」
「でも、あたしみたいなのより、ほら、あそこで話をしているうちの部長。あの女性(ひと)の方が全然似合うと思うんですよねぇ、こういう衣装」
 椎名さんの視線の先には数人と談笑しているスタイルのいい女性が。おちついた大人の雰囲気と成熟した大人の色気を共に持ち合わせた、まさに大人の女性といった感じだ。
「あの方が部長さん? 綺麗な方ですね。確かにそういう服がよく似合いそう」
「なのに、何でかあたしが着る事になっちゃって。適当に食べたり飲んだりできれば、それだけでよかったのに」
「大丈夫ですよ、よく似合ってますから」
「ありがとうございます」

 私と話しながらも視線が気になるのか、辺りをキョロキョロと見回す彼女を見て、私は苦笑した。確かに私もはじめのころはそうだったなぁ。
『嘘ばっかりー。由美さん最初から僕なんて完全無視で食べまくってたじゃな、ぐふっ』
 どこからともなく聞こえてきた声を、拳で振り払った。怪訝そうな顔で椎名さんがこちらを見ていることに気付き、私は話題を変えることにした。
「まだおちつかないみたいですね。こういう場所で自由に飲み食いするには慣れが必要ですからねぇ」
「そうですねぇ。でも、普段だったら、もう少し慣れるのも早いと思うんですよ。自分でいうのもなんですけど、結構お祭り好きだったりするんで。居酒屋とかで仲間と飲むのが好きなんですよ。みんなで、色んな愚痴こぼしたりして」
「仲間と飲むのは楽しいですよね。大騒ぎして、馬鹿やって。椎名さんはお酒は飲める方ですか?」
「ええ、それなりに飲める方だと思ってます。好きですし」
 緊張がほぐれたのか、普段の調子で話し始めた椎名さん。グラスにビールを注ぐとそれを美味しそうに一気に飲み干した。

「そうそう、話は変わりますけどうちの部長、高校生のお子さんが二人いらっしゃるらしいんですけど、そうは見えないですよね」
「えー?! とてもそうは見えない。もっと若いかと思ってました」
 高校生の子供が居るって言う事は、30後半……どう見ても、30前半か、下手すると20代後半にしか見えない。
「実際、お若いですよ。もっとも、狩谷さんとこの社長さんの方がお若いですけど」
「あはは、恭介(きょうすけ)さんまだ30ですから。もし30で高校生の子供が居たら犯罪ですよ」
「ははは、それもそうですね……へっ、恭介さん?」
 目をまんまるに見開く椎名さん。そうか、まだ彼女には言ってなかったっけ。
「あ、椎名さんにはまだ言ってませんでしたっけ。実は私、彼の婚約者でもあるんです」
「あっ、そうだったんですか。ええと、おめでとうございます……っていうのも、ちょっと違うかな」
「あはは、ありがとうございます」
「あの〜、すみません、ちょっといいですか?」
 私達が談笑しているところに割り込んできた無粋な声。居るんだよなぁ、こういうパーティーをナンパの場に利用する馬鹿が。ちらりと隣を見ると、同じく不快の色を全面に出した椎名さん。
 何度断っても立ち去ろうとしない男二人にそろそろ我慢も限界に達しようとしていた。正拳の一つでもお見舞いしてやろうかしら、そう思った時、こちらに歩いてくる人影を見つけた。






「どうです。この後、四人で飲みに行きません?いいバーを知っているんで、ご案内しますよ」
「でも、私たちこの後予定が――」
「そんな硬くならなくて大丈夫ですよ。僕たちは、ただお二人と少しだけお話したいと思いまして」
 もう少し、ましな言い方はできないのかしら。自分たちは下心ありありです、といっているようなもんじゃないの。っていうか、あんたら。こっちの話をきちんと聞きなさいよ。
 せっかく落ち着いて大好きなお酒でも楽しもうと思ったのに、いらん邪魔が入ったせいで、あたしの胸は今不快と苛立ちで一杯だった。最初は、何とか笑顔をつくって対応しようとしたけど、もうそんな気持ちはかけらも残っていない。
 傍らを見れば、狩谷さんも険しい表情を浮かべている。あたしも、同じ顔をしている事だろう。それでも察する事のできないバカには、やっぱり鉄拳制裁に限るかしら。
 そう思った時、
「すいません。私どもの社員に、何かご用でしょうか?」
 横から、また別の声が割り込んできた。声のした方を向くと、そこにあたしの知っている顔があった。神崎一(かんざき はじめ)。あたしの同僚であり、あたしに白チャイナを着ていくよう命令した男。
「よろしければ、私がお話をお伺いしますが」
 神崎の言葉に、やや後ずさり気味の男たち。まあ、無理もないか。口元にこそ笑みを浮かべているけど、表情に凄みがものすごく効いているし。なまじ男前で口調も丁寧だから、なおさら怖いよねえ。
 さすがは、ご主人様――って、こんな公の場所でいつもの牝犬気分になってどうするのよ。
「い、いえ。し、し、失礼しました!!」
 見ていて滑稽なくらいの狼狽えようで、瞬く間に男たちは退散していった。

「こんばんは、神崎さん。お久しぶりです。どうしようかと思っていたんですけど、助かりました。ありがとうございます」
 男たちが去った後、狩谷さんが神崎に挨拶する。そうか、こいつとの面識もあったんだっけ。
「あっ、狩谷さん。どうも。余計なお節介だったかもしれませんが、お困りのようでしたので――」
 と、狩谷さんへにこやかな表情を向けていた神崎が一転、あたしの方を向いた時、険しい表情を浮かべ睨みつけてきた。
「お前なあ、勝手にうろつくなよ。いつ、ああいうのが近づいてくるか分からないんだからよ」
 その言い方に、あたしは、カチンと来た。
「そりゃ、悪かったわよ。でもね、ここへ移動したのは、狩谷さんに挨拶したかったのとゆっくりと飲み食いしたかっただけよ。あんただって、さっきから別のテーブルへ一人で行って話しこんでいたじゃない」
 そもそも、逃げるように移動したのだって、あんたが強引に着せたこのチャイナのせいじゃない。別の服に着替えたくても、襟の下に着けられたもう一つの装飾品のおかげで着替える事ができないし。
「それはそうだけどよ……」
 珍しく、神崎の歯切れが悪くなる。あたしたちの関係が、公にできるか甚だ疑問なものである事に思い到ったようだ。
 でも、こいつ自身普段からそれに注意しているはずなんだけどなあ……それもまた、珍しいかな。

「あれっ、神崎さんと椎名さんじゃないですか?こんなところでお目にかかれるなんて、こんばんは〜」
 背後から、陽気そうな声をかけられた。振り返ると、篠山社長がにこやかな笑顔をつくって近づいてくる。この人が、狩谷さんの婚約者なんだ。
「こんばんは」
と、あたしも神崎も挨拶を返した。
「社長、あちらのテーブルのお相手はもうよろしいのですか?」
「うん。会長の長話は、ほんと疲れたよ」
 一応、あたしたちの前だから社長と秘書という体裁を保とうとしているようだけど、狩谷さんの事務的な口調の中に、どこか暖かいものが滲んでいる。彼女が、どれだけ婚約者の事を想っているのかが感じられて、ちょっと羨ましくなってしまう。
「お前、そういう事はよく分かるんだな」
「えっ?」
 ぼそっ、と呟いた神崎の言葉が聞き取れなくて、あたしは、もう一度聞き返そうとする。
 でも、その時すでに、神崎は社長の方へ話しかけていた。
「ご無沙汰してます、篠山社長。最近は、いかがですか?」
「最近ですか。そうですねえ――」
 すっかり、お話に熱中する男二人。最初こそあたしや狩谷さんも絡めてくれたけれど、だんだん二人だけの世界に没頭していき、とうとうあたしたちは蚊帳の外へ。話から外れた途端に、またもちらちらとうっとおしい視線が突き刺さってくる。
「狩谷さん、ちょっと場所変えません?ここだと落ち着いて飲めなさそうですし」
 とうとう耐えかねて、あたしは、狩谷さんに提案した。
「じゃあ、向こうのテラスなんてどうですか?あそこなら人もほとんど居ないだろうし」
「そうですね。うちの同僚も社長と話しこんでいるみたいですから……お酒とか持って移っちゃいましょうか」
「ですね。そうしましょう」
 こうして、あたしたち二人はボトルやらグラスやらもろもろキープして、会場を離れ人気のないテラスへと移動した。





「ふう、これでやっと一息つけますね」
 人気のないテラスに移り、私達は早速互いのグラスに会場から持ってきたお酒を注ぎ合った。
「ああっ、ここなら静かでいいですね、じゃあ、あらためて乾杯といきましょう。乾杯」
「かんぱ〜い」
 チンっ、お互いのグラスが当たって静かなテラスに気持ちよく響いた。
「ふうっ、おいしい」
 椎名さんが本当に美味しそうにお酒を飲み干した。確かに、変な視線も無いし、景色もいいし、美味しくお酒を飲むにはここは絶好の場所だ。
「うーん、いい眺め」
 黒い海の向こうに街の灯りが見え、空には星達が煌く光景に、しばし心を奪われた。
「ほんと、いい景色だ、映画みたいですね」
「恭介さんがこの景色を見たら、大はしゃぎするだろうなぁ」
『ほら、由美さん見て見て、すっごく綺麗な景色だよー。あ、もちろん由美さんの方がもっともっと綺麗だけど』
 そう言う恭介さんの姿がまるでこの場に居るかのようにはっきりと想像出来た。
「えっ、篠山社長が?すごい切れ者って感じで、そんな姿想像できないですけど」
 まぁ、確かに仕事の時の付き合いだけだとそう思うのは当然よね。椎名さんの意外そうな顔を見て、私はくすっと笑った。
「あれは仕事の時だけですよ、普段の彼はよくいえば純粋、悪く言えば……大馬鹿なんですよ。全くいつもいつも私に世話をかけさせて……」
 イマイチピンとこないという表情をする椎名さんに、さらに話を続けた。
「公私混同するなって何度言っても分かってくれないし。全く、何度怒りの鉄拳を食らわせたことか……って、すいません、今のは聞かなかったことに」
 おっと、口が滑った。ちょっと酔ってきちゃったかな。
「あははっ。いえ、大丈夫ですよ。気にしませんから」
「ありがとうございます。とにかく、素の彼は私が居ないと生きていけないんじゃないかしらっていうくらいに頼りないのよね」
「へええっ、あの篠山社長がねえ……でも、羨ましいなあ」
「そうですか? 苦労の連続ですよ。職場でも私しか居ないところじゃ平気で由美さんって呼んできますし」
「へえ。あっ、どうぞ」
 椎名さんが私の空いたグラスにお酒を注いでくれた。
「ありがとうございます。そうそう、そういえば、椎名さんは神崎さんとはどうなんですか?」
「ええ……へっ、神崎!?」
 椎名さんが突然むせ、お酒を噴出しそうになった。あら、私、変なこといったかな。
「だって、お二人は付き合っているんでしょう?」
「か、神崎と、ですか? え、ええと、うーん……いや、あ、あいつとはまだ会社の同僚というだけで……」
 そう言いながら、椎名さんは一気にグラスのお酒を飲み干した。これ、結構度が強いワインなんだけど、大丈夫かな。
「そうなんですか? てっきりお付き合いしているもんだと……だってお二人の雰囲気、どう見てもただの同僚には見えませんし」
「あ、あはは……そ、そうですかね……」
「ええ、だからそうだと思い込んじゃってて。私の勘違いだったんですね。おかしいなぁ、私のこういう勘は大抵当たるのに」
 う〜ん、絶対付き合ってると思ったんだけどなぁ。
「……といえば……いやいや」
「? ……あ、椎名さん、お注ぎします」
 椎名さんの言葉がよく聞こえなかったけど、何となく聞かない方がいいのかもしれないと思い聞き返すのを止めた。
「あ、ありがとうございます……えっ?」
「どうしました?」
「い、いえ。何でも」
「そうですか。ならいいんですが」
 何故か恥ずかしげに俯く椎名さん。お酒のせいで頬がほんのりピンクに染まり、目も少し潤んでいる。いつもの凛とした感じとは違って、とても艶やかで色っぽい。

 やだ、ちょっとドキドキしてきた。お酒の席だし、まぁ、いいか。そう思い私は普段なら思っていても口にしないことを口にした。
「それにしても椎名さん、スタイルいいですよねぇ」
「えっ、そうですかね。こんな格好しているからだと思いますよ。狩谷さんの方がずっとスタイルいいと思いますけど」
「そんなことないですよ。絶対椎名さんの方がスタイルいいですよ〜」
「そ、そうです? 綺麗な方にそう言われると、本当に嬉しいですけどね」
「そうそう、おっぱいもとっても柔らかそうだし」
「えっ、狩谷さん? か、狩谷さんのお、おっぱいだって、すごいボリュームがあってよさそうですよ?」
 驚いて目を見開く椎名さん。でも、嫌そうな感じではないのを感じ取って、私の口は次の言葉を紡ぐ。
「あのぉ……ちょっとだけ触ってもいいですか?」
 何でこんなにドキドキするんだろう。同性相手にこんな気持ちになったことないんだけどなぁ。
「え、え、う、ううん」
 いいとも悪いとも分からない椎名さんの発言を私は勝手に肯定と解釈し、行動に移した。
「自分のなんてもう見飽きちゃって。ああ……やっぱりすっごくやわらか〜い」
「う、うん……ちょ、ちょっと。狩谷さん、ああっ」
 想像以上に椎名さんの胸は柔らかかった。弾力も抜群で、私の手の中で様々に形を変える胸に、顔を真っ赤にして俯く彼女自身に、私は夢中になった。





 いきなり、狩谷さんの口から神崎の名前が飛び出してきた時には、飲んでいたワインを噴き出しそうになった。
「だって、お二人は付き合っているんでしょう?」
 狩谷さんの追求は、なかなか厳しい。
「だってお二人の雰囲気、どう見てもただの同僚には見えませんし」
 確かに『ただの同僚』という関係じゃないけど、かといって世間一般の『付き合っている』という関係とは違う。
「ご主人様と奴隷、といえば……いやいや」
 おっと、思わず口が滑った。さいわい、声を小さくしていたおかげで、狩谷さんに聞き取られる事はなかったようだ。怪訝そうな顔はされたけど。
 しかし、あたしとあいつってそんなに分かりやすいのかしら。別に公言しているわけじゃないのに、会社じゃもう恋人同然に見られているみたいだし。同期や後輩の娘(こ)に言わせると、『分かってない』のはあたしだけだそうだ。何を分かっていないというのか、失礼な。
「……あ、椎名さん、お注ぎします」
 空いたグラスに、狩谷さんが、何度目かのワインを注ぐ。
「あ、ありがとうございます……えっ?」
 お礼を言いつつ改めて狩谷さんの方を向いた時、あたしは、思わず目を見張った。
「どうしました?」
「い、いえ。何でも」
 そう言いながら、あたしは、一刻も早く冷静になろうとして注いでもらったばかりのワインを一口だけ含んだ。確かに良いお酒だけど、もう酔いが廻っていたしまったのだろうか。高鳴る胸の鼓動が、まだ収まらない。
 改めて真正面から見た狩谷さんが、信じられないほど綺麗に見えた。こう隣に座っているだけで、薄い青のドレスを纏う全身から色香が昇り立つように見える。妖艶といっても、言い過ぎではないと思う。もともと綺麗な人だという事は知っていたけど、こんなぞくっと心地よい震えが来るくらいに見とれてしまうなんて。
 やだ、あたしったら。いくら美人だからって、同性相手に何をどきっとしてるのよ。
「そうですか。ならいいんですが」
 よかった、気にしていないみたいだ。と思ったのも束の間、
「それにしても椎名さん、スタイルいいですよねぇ」
 あまりにも突然な狩谷さんの言葉に、あたしは、一瞬反応に困った。
「えっ、そうですかね。こんな格好しているからだと思いますよ。狩谷さんの方がずっとスタイルいいと思いますけど」
 しどろもどろになりかけながらも、何とか返答するあたし。
 でも、ほんとに改めて見るとすごいスタイルいいのよね、この人。あたしなんかより、このチャイナがずっと似合うんじゃないかしら。
「そんなことないですよ。絶対椎名さんの方がスタイルいいですよ〜」
「そ、そうです? 綺麗な方にそう言われると、本当に嬉しいですけどね」
 お世辞と分かっていても、彼女のような外見・中身ともレベルの高い女性に『綺麗』といわれて嬉しくないはずがない。まして、そんな彼女にまじまじと見つめられたら、嬉しいやら、照れくさいやら、恥ずかしくなるくらい気分が舞い上がってしまいそうだ。
 いけない。きっとお酒の飲み過ぎよね、この妙などきどきって。少し、お酒を控えた方がいいかしら、と俯きがちになって考えていた時だった。
(――えっ?――)
 あたしの身体を、微妙な刺激が襲った。肌を撫でるようにまとわり、絡みついてくる感触。特にきつくもなく、かといってゆるくもない。ただ、ぞくぞくと背筋を駆け抜ける心地よい電流。あたしの悦楽のツボだけは、しっかりと抑えてくる。
(――ち、ちょっと待って。これって、まさか!?――)
 この絡みついてくる感触、やばい。あたしは、狩谷さんに気づかれないよう唇を噛み締め、徐々に強くなっていく快感に耐えようとした。
 間違いない。あのホワイトデーの時と同じだ。今、身に着けているこのチャイナの仕業だと確信する。どこで手に入れたか知らないし、どういう原理かも分からないけど、チャイナに使われている布地は、着用者の性感を刺激し悦楽の底なし沼へと引きずり込む『特別製』らしい。白い布にあしらわれた蔓草模様が、本当の蔓草のように絡みついてくる錯覚に襲われる。
 ったく、あのバカ。今宵何度目になるか分からないご主人様への文句を、心の中で繰り返す。こんな事になるかもしれないから、着るのがイヤだったのよ。あうっ、あそこが湿ってきたよお。
 とそこへ、予想もしなかった爆弾が投下された。
「そうそう、おっぱいもとっても柔らかそうだし」
「えっ、狩谷さん?」
 普段の彼女からは想像もつかない大胆かつストレートすぎる発言をする狩谷さんが、真っ直 ぐこちらを見つめている。うわあっ。狩谷さん、何か……すごいセクシー……って待ってよ。あたし、同じ女性に何でこんな興奮しなきゃならないのよ!?
「か、狩谷さんのお、おっぱいだって、すごいボリュームがあってよさそうですよ?」
 動揺しているからって何をよく分からない返答をしているんだろう、あたし。
 しかし、狩谷さんの大胆発言はまだ終わらなかった。そして、大胆なのは発言だけではなかった。
「あのぉ……ちょっとだけ触ってもいいですか?」
 と、狩谷さんが、一層熱く艶やかな視線をあたしへ向けてお願いしてくる。そんな狩谷さん と彼女の言葉に羞恥を覚えながらも、チャイナに刺激された肉体が、官能の炎を燃え上がらせるのを止められない。
「え、え、う、ううん」
 『ちょっと待って』と、本当は言いたかったのに。
 うっかり漏らした曖昧な返事を、肯定と受け取ったに違いない。気づけば、胸の方へ狩谷さんの手が伸びてきた。有無を言わさず、という感じで、彼女は、白い布地の上からあたしのおっぱいをもみしだく。
「自分のなんてもう見飽きちゃって。ああ……やっぱりすっごくやわらか〜い」
 狩谷さんが、あたしのおっぱいに夢中になっている。信じられない光景だ。この知的美女が、こんなに無邪気なくらい悦んでくれるなんて。
 本来、チャイナは体型を矯正するのに似た機能を備えているのでもみにくいはずなのに、狩 谷さんの指と掌の中であたしのおっぱいは、さまざまな形へと変化している。『特別製』の服だから今更気にしないけど、ものすごく身体が熱くて、今にも溶けてしまいそう。
「う、うん……ちょ、ちょっと。狩谷さん、ああっ」
 燃え上がる官能の炎にさらなる油が注がれ、あたしも、とうとう普段取らないような行動を取り始めた。
「……か、狩谷さんだって……すごい張り……」
 お返しとばかり、あたしも、ドレスの上から彼女の胸を弄ぶ。
「あぁん、ん……」
 恥ずかしそうに身悶える狩谷さん。だけど、彼女のおっぱいをもむ手は止まらない。
(……だめ……何か狩谷さんが……ああっ、彼女の身体柔らかいし、触ってて気持ちいい……)
 はしたない事をしていると自覚はしている。が、狩谷さんの色香漂う喘ぎを耳にすると、もう彼女の豊かな胸を弄ぶ手は止める術がない。それに、狩谷さんもまんざらイヤでもないみたい。その証拠に、あたしの胸をさらに責め立ててくる。
「くふっ、う、ううん。あっ、そこ、だ、ダメ……ああっ……でも……」
 燃えさかる官能の炎に追いつめられ理性がドロドロに溶けた思考は、普段なら思いつかない事をまたあたしへ命令する。
「ん……椎名さん、すっごく綺麗……」
 艶やかな紅に染まった唇をあたしの唇へ近づけてきた狩谷さんに向かって、あたしは、息を荒くしながら呟いた。
「か、狩谷さん……お願い……」
「……な……なんですか?」
「……い……一緒に……唇重ねて……最後まで……」
 ここまで大胆だったくせに、改めて言葉にした途端、狩谷さんは、急に恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にする。それでも、あたしの申し出に対してゆっくりと頷いてくれた。





「か……狩谷さん……お願い……」
「な……なんですか?」
「い、一緒に……唇重ねて……最後まで……」
 即座に肯定しそうになるのを必死に堪え、僅かに残った理性が言葉を搾り出した。今は人気がないとはいえ、いつ誰か現れるとも限らない。
「え、えぇ……んっ、で、でも、ここじゃ、あっ、ま、まずいからぁ、と、泊まる予定の……部屋に……」
 そう言うだけで、私の理性は限界だった。快楽で半ば意識が朦朧としながら、縋るように椎名さんの形のよい胸をチャイナドレス越しに刺激した。布越しに分かる尖った乳首が一層私の劣情を誘う。
「……そう……ですね……じゃあ……部屋へ……ここからだったら……あたしの泊まる部屋の方が……近いかしら? そこで……最後まで二人で……実はね……」
 椎名さんの左手が私の右手をチャイナドレスのスリットの下へ導いた。
(下着つけてないんだ……)
 直接触れたそこは、すでにドロドロになっていた。くちゅ、私の手が水音を紡ぎ出すたびに椎名さんの口から吐息が漏れる。
「あ……すごい、もうこんなに……」
 椎名さんも感じてくれてるんだ。そう思うだけで、私もまた愛液が溢れて下着を濡らすのが分かった。
「ごめんなさい……あたし……こういう女で……でも……狩谷さんが……その気にさせるから……」
「ううん……元々誘ったのは私の方だし。……ふふ、今夜は寝かさないわよ」
「ええっ……お願い……」
「は、早く行きましょう。わたし、もう我慢が……」
「……はあ……ああっ……」
 二人とも息も絶え絶えになりながら、どうにか椎名さんの部屋に辿り着くことが出来た。幸運にもここまで奇跡的に誰にも会うことはなかった。

 部屋に入った途端、お互いを抱くようにしてベッドに倒れこんだ。
「椎名さん……ほんと色っぽい。食べちゃいたいくらい……」
 椎名さんの耳朶を甘噛みすると、んっ、と擽ったそうに身悶えた。その可愛らしい反応と柔らかい耳朶の感触に、私はしばし夢中になった。
 お返しとばかりに服の上から全身を愛撫され、それだけで意識が飛んでしまいそうだった。
「……狩谷さんも……すごい美味しそう……あたしも……一度や二度じゃ……満足できないかも……は……あううっ……」
「んっ……夜はまだまだ長いから、心ゆくまで、ね?」
「……ねえ……もう我慢できない……お願いだから……このまま……もうイキたいの……狩谷さんと……二人で……んふっ……ううん……」
 椎名さんの舌が私の唇に入ってきた。熱を帯びたねっとりとした舌に、私も舌を絡めた。
「最初の一回だけ……いいでしょ?」
「んんっ、ちゅ、ちゅむ……」
 絡めた舌を強く吸って返事の代わりにする。意を察してくれたのか、椎名さんの舌がさらに絡みついてきた。舌を伝って互いの唾液や吐息が行き来を繰り返す。
「……んんっ……んむっ……ちゅぱ……ちゅぷ……んぷっ……」
「……んっ……んんっ……んんんーっ!!」
(あぁ、椎名さんの舌、とっても熱くて柔らかくて、美味しい……)
 頭がぼおっとして、椎名さんの舌を、唇を、ひたすら貪る。ただそれしか考えられない。
 そんな中、椎名さんが体をピクピクと痙攣させて、逝った。絶頂を迎えた時の彼女の苦しそうで、それでいてとても幸せそうな表情がとても厭らしかった。
「ちゅ……あむ……んっ……」
「…………んん!!」
 逝った後も積極的に舌を絡めてくる椎名さん。潤んだ瞳に見つめられながら、ついに視界が真っ白になった。
 ……凄い快感だった。意識が朦朧として、逝ったことにもすぐには気付けなかった。
「んぷっ……ぷはあ……」
「はぁ……う……」
 私が逝ったのを見て、椎名さんが唇を離した。口から零れた唾液を拭うことさえ出来ず、半開きになった口から吐息を漏らすことしか出来なかった。
「……狩谷さん……大丈夫?……」
「ん、んん……あ、あれ……ここは……」
 あれ? おかしいな……どうして椎名さんが居るんだろう。それに、この部屋は一体……激しい絶頂のせいで、私の頭はすっかり混乱していた。
「何言ってるの、あたしの部屋じゃない?」
「あ……そ、そうだったわね……やんっ……」
(そうだ……ここで、私、椎名さんと……)
 椎名さんの優しいけれど的確に私の感じるところを責める愛撫、艶やかな表情、そして耳元で囁かれる言葉にさえ敏感に反応する私の体……全てが私に飛んでいた記憶を取り戻させた。
 いつの間にか、髪を留めていたゴムはなくなっていた。

「……ねえ……まだ……夜は長いんでしょう?」
 さっきよりももっと執拗な愛撫に、逝ったばかりで敏感な体が小刻みに震える。未だに絶頂の余韻を引き摺っているのか、相変わらず体の自由は戻らない。為すすべなく同性に責められるのが、こんなに気持ちのよいものだなんて知らなかった。
「あぁん……そ、そうよ……んっ、ま……まだまだ……」
「……でね……一晩過ごすから……あなたに見て欲しいものがあるの……」
「あぁん……」
 椎名さんが私から体を離した。それに抗議するように、支えるものが無くなって全体重がベッドに押し付けられたことにさえ快感を感じているかのように、私の口から無意識に声が漏れる。
 ぼんやりと椎名さんを見ていると、見る見るうちに顔が真っ赤になった。一体どうしたんだろう……今頃になって、お酒が回ったのかなぁ。
「よく見ていてね……」
 チャイナドレスのボタンを外し、ゆっくりと脱ぎ始めたのを見て、私は目を丸くした。
 そして、一矢纏わぬ体になった椎名さん……いや、正確には全くの裸ではない椎名さんのある部分に、私の目は釘付けになった。





 信じられなかった。いくら、『特別製』のチャイナのおかげで準備ができていたからといって、ここまで同性相手に熱く感じてしまうなんて。生まれてこの方、気が強い方だったせいか冗談半分で『お姉様』なんて言われた事もあったけど、世間一般でいうノーマル以上の感情を抱いた事は一度もなかったはずだ。なのに今、目の前の美しい女性が愛おしくて、欲しくて、仕方ない自分がいる。一緒にベッドへ倒れ込んだまま、お互いの唇を重ね、舌を絡め、執拗に貪りあう自分がいる。チャイナの蔓草も、どんどん肌へ食い込んでくるかのようだ。
(狩谷さん……なんて艶めかしい絡め方なの……ああっ……このままじゃ……もうすぐ……あああーーーっ!!)
「……んっ……んんっ……んんんーっ!!」
 意識が、真っ白に弾けて飛んだ。先に逝ってしまったのは、あたしの方らしい。
 狩谷さんは、なおも艶めかしく、それでいて切なそうな表情で、あたしの唇と舌を一心不乱に貪ってくる。そんな彼女を見ていると一刻も早く満足させたくて、余韻冷めやらぬうちにより一層舌を絡め、唾液を啜り合う。
「……んんっ……んむっ……ちゅぱ……ちゅぷ……んぷっ……」
「……んっ……んんっ……んんんーっ!!」
 狩谷さんが昇り詰めるまでに、ほとんど時間を要さなかった。
(……そ……そうだ……彼女にだったら……見せても……いいかも……)
 絶頂を迎え痙攣する狩谷さんを見つめながら、あたしは思った。お互いの唇を離すと、その間で唾液が糸を引く。ほとんど、反射的に唾を飲み込むあたし。狩谷さんの方は、まだ正気に戻っていないのだろう。形の良い唇から零れた唾液を拭う事もできず、肩で息をするのが精一杯のようだ。ふふっ、切れ者の女秘書さんも、こんな可愛い表情ができるのね。
「……狩谷さん……大丈夫?……」
 意識が飛んでしまっている狩谷さんへ声をかけながら、再び身体を絡め、介抱するように指でやわらかく刺激してあげる。
「ん、んん……あ、あれ……ここは……」
 意識を取り戻す狩谷さん。でも、まだ朦朧としているみたいだ。すごい無防備で、何かいたずらしたくなる。さっきの彼女から見たあたしも、こんな感じだったのかな。
「何言ってるの、あたしの部屋じゃない?」
 語りかけながら、狩谷さんの身体へ刺激を与えるのをやめない。こんなにも狂おしくなるくらい同性との悦楽を求める自分が、どうしようもなくあさましく、はしたない獣のように思える。でも、この悦びが捨てがたくなっている。ご主人様が与えてくれる悦びも何者に替えられないが、それとはまた別の感情が、あたしの胸に湧き上がっていた。
「あ……そ、そうだったわね……やんっ……」
 ある程度正気を取り戻したらしい狩谷さんの熱を帯びた身体が、あたしの手に震えを伝えてくる。きっと、同じ悦びを感じてくれているはずだ。だから、もっと二人で快楽を分かち合いたい。お互い相手がいるけど、その背徳感が、かえって官能の炎を煽り立てるのだろうか。チャイナからの刺激だけで、この昂ぶる気持ちは説明できない。
「……ねえ……まだ……夜は長いんでしょう?」
 そう。この炎を鎮めずには、とても眠れそうにない。だが、夜をともにするなら、あたしの首にかけられたもう一つの秘密も打ち明けるべきだろう。打ち明けた瞬間、彼女はどういう表情をするだろう。怖くて、口が強張る。だけど、最後にはきっと分かってしまう。だったら、今のうちに話しておいた方がいい。彼女に、まだ多少でも判断する余裕があるうちに。
「あぁん……そ、そうよ……んっ、ま……まだまだ……」
 そんな嬉しい事を悶えながら言ってくれる狩谷さんの態度で、あたしの気持ちも固まった。
「……でね……一晩過ごすから……あなたに見て欲しいものがあるの……」
 狩谷さんの身体から離れ、ゆっくりと起き上がる。
「あぁん……」
 離れた瞬間、どこか抗議じみた喘ぎが彼女の唇から漏れる。しかし、それを気にする余裕が、あたしにはもう残っていなかった。
(――とうとう言っちゃった――)
 恥ずかしさでカッ、と顔から火が出そうになるけど、もう後戻りはできない。
「よく見ていてね……」
 ぼんやりとした瞳で見上げる狩谷さんの前で、あたしは、チャイナを留めるボタンへ手をかけた。これだけ身体が熱くなっていれば、着ていようといまいと大差はない。
 突然のあたしの行動に、狩谷さんが戸惑いの色を浮かべている。逆の立場だったら、あたしだって戸惑っていただろう。でも、あたしは手を止める事なく、ボタンを全て外した。それから一息吸い、ゆっくりとチャイナを脱ぐ。静かな部屋のせいか、衣擦れの音が妙によく響いた気がする。
「え……椎名……さん?」
 狩谷さんが、目を丸くしたまま固まった。当然だろう。彼女の目の前に現れたのは、下着を一切身に着けず、代わりに黒革の首輪のみを嵌めた女の裸体なのだから。
 驚きのあまり言葉の出ない狩谷さんへ、全てを露わにしたあたしは、羞恥とそれを上回る快感に震えながら言葉を紡ぐ。
「……これはね……私が、ある人物の所有物(もの)である証なの……」
 その証を、震える指でなぞってみせる。首輪に着けられたプレートの冷たい感触。そこには、『YUKO SINA』とアルファベットであたしの名前が掘られていた。あたしが、椎名 優子という人間の女が、イヤらしい悦楽と引き替えに人間としてのプライドを投げ捨て、首輪を嵌められて飼われるあさましくもはしたない牝犬である事を示す何よりの証として。
「所有物(もの)?」
 狩谷さんが、まだ腑に落ちないといった感じの表情で尋ねてくる。まあ、ノーマルと言い難いし、普通はこういう反応なんだろう。やっぱり、あたし変態なんだ。だから、自分の牝をこんなに熱く湿らせている。
「今脱いだチャイナもそうだけどね」
 そう。この首輪も、ホワイトデーの夜にあいつから贈られた物。本格的な代物で、よくチャイナの襟に隠れたと思う。
「でも……チャイナと違ってこれは鍵をかけられていて、私が勝手に外す事はできないの……」
 鍵を持っているのは、もちろんあのご主人様。
 自分の語っている事に思わず感じてしまい、牝の茂みがまた濡れた。さっき逝った事もあって、腿の辺りがベトベトしている。
「……はあ……ああっ……あたしはね……身も心もある人物に服従を誓った牝奴隷……」
 せめて笑顔で話そうとしているつもりだけど、ダメだ。悦楽に溺れて、自分がどんな表情をしているか確かめる余裕がない。
「……そんな立場に……こうやって……はしたなく感じている……あふうっ……」
 ただ、こうやって淫蕩な告白を続けるので精一杯。狩谷さんが、ようやく状況を理解し、何か気づいたような表情へと変わった。しかし、それを気にかけてもいられない。彼女にどう思われようと、告白を中断するわけにはいかないのだ。
「……ねえ……狩谷さん……あなたは……それでも……あたしと一晩過ごせる?」
 覚悟を決めたつもりなのに、心のどこかで恐怖を感じている。
「こんな事、他人に絶対言えないけど……あなたには言っておかないといけないと……思ったから……」
 狩谷さんだから語れるのだ、と思った。でも、この告白を終えた時に、彼女がどんな目で見るのだろうと怖がっている自分がいる。それを今、改めて思い知らされた。
「……不快な気分にさせたら……ごめんなさい……」
 狩谷さんの顔色を窺うように告白を終えた途端、彼女は起きあがり、あたしの唇を再び奪った。
「ん!?……んんっ……んむぅ……!!」
 突然の狩谷さんの行動に驚きながら、あたしは受け入れ、お互いの唇を貪る。先ほど以上に熱の籠もった彼女の愛撫に、あたしの牝は一層しとどに濡れぼそった。





(雌奴隷って……本当にそういう世界ってあるんだ……しかも、こんな身近に……)
 椎名さんの告白を聞いて激しいショックを覚えながら、私は頭の一部が冷静になっていくのを感じていた。そしてその部分はある一つの結論を導き出した。
 けれど、それをここで言及するのは避けた。こういうのはタイミングが大切だし、何より脳の大半は劣情に侵されて我を失っていたから。
 だから椎名さんの質問には答えず、私は彼女の唇を再び奪った。
「ん!?……んんっ……んむぅ……!!」
 突然のことに驚きながらも、椎名さんも私の口付けを受け入れてくれた。舌を絡めながら、露になった乳首や割れ目を指で解すように愛撫する。彼女の不安を溶かすように。
 私の思惑は成功したようで、椎名さんの目から不安の色が完全に消え、快楽の色に変わった。
 舌を交え、唾液を交換し合う音が厭らしく響く。
「……んん……んあっ……んんんっ!?」
 すっかり緊張の解けた彼女の全身を愛撫しながら、私は喜びを感じていた。彼女が秘密を明かしてくれたことが、とても嬉しかった。
 本当に心から信頼する人にしか、いや、信用する人にさえ言えない秘密。これを私に告げることがどれほど勇気のいることなのか、私には想像もつかない。
 彼女の勇気を称えるように、優しく溶かすように愛撫する。言葉で称えるよりも、この方が彼女の奥の奥まで届くと思った。
「ひゃんっ、……ん、あぁぁっ、んんっ……」
 椎名さんは私の愛撫で力の入らない手を伸ばしてきた。その手が偶然乳首に当たり、私の体が再び熱を帯びた。
「……んん……んふう……」
 まずい、このままじゃまたすぐに逝ってしまう。逝きそうになるのを何とか堪えながら、椎名さんのクリトリスを優しく親指でくりくりと転がした。
「……はひっ!? ……あうっ……ああっ……あん……んんっ……むふぅ……」
 敏感なところを刺激され、椎名さんの体が跳ね、唇が離れた。切れた銀色の糸が椎名さんの唇に落ちる。それを確かめる間も無く、再び唇を求め合った。
「んん……んちゅ、あ……む……」
 長いキスで酸素不足になっているせいか、すでにまともな思考は出来なくなっていた。だから、ひたすら一つのこと――椎名さんを逝かせることだけに専念することにした。
「……はむっ……ああん……んあっ……」
「んっ! ……んぅ、あっ……」
 唇の隙間から漏れる喘ぎ声。それを聞いていると、今まで感じたことのない感情が私の中に生まれた。
(椎名さん……凄い……こんなに綺麗な人が……私の手で、こんなにも感じてくれてるなんて……)
 一人の女性を快楽に引き摺り込む事への喜び、
(彼女のご主人様は幸せ者ね……誰もそういう人が居ないんだったら、私が奴隷にしちゃいたいくらい)
 そして支配することの快感。
 私はサディストではないし、今までこんなことを考えた事は当然無い。人を支配したいなんて、一度も考えたことすらない。
(はずなのに、この感動は……何? 私……どうしてこんなに感じてるの?)
 椎名さんの震える指が私の秘部に触れる。それだけで達してしまいそうになる。すでにくちゅくちゅと厭らしい音を立てる秘部。こんなに感じるのはいつ以来だろう。最近は、恭介さんも私も仕事が忙しくてなかなか二人でゆっくり過ごす時間さえなかったから、かなり遡らないといけないだろう。……ひょっとすると、どこまで遡ってもないのかもしれないけど。
「ああ……あくぅっ……んん……」
(いやぁ……椎名さんの手、私のおまんこ触りながらぷるぷるしてるぅ……)
 もう、何も考えられない。なのに、私の唇は、指は、椎名さんを逝かせようと忙しなく動いている。ふふ、変なの。
「……んあぅ……ちゅう……ちゅぷ……んんっ……んあうんんんっ……んんんんんんんっ!!」
 もうお互い意識も朦朧としているはずなのに、さっきよりも強く舌を絡め、唇を吸い合いながら、手で互いの全身を弄り合う。
 そして、ついにラストが近づいてきた。
「ん、ん、ん、ん、んんんんんんんんんんーーーーーーーーーっ!!」
「ぷはぁっ、あ、あ、あ、ああああああああああああああああああっ!!!」
「んあ、ああ、ああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 思わず唇が離れ、盛大な喘ぎ声が淫靡なハーモニーを紡いだ。
「ん…………はぁ、はぁ……」
「……はあ……はあ……はああっ……狩谷さん……ありがとう……とても……良かった……」
 椎名さんがにっこりと微笑みかけてきた。さっきまでの厭らしい気分を全て発散しきったかのような、すっきりとした表情。
 でも、私はまだ満足していなかった。
 全身で激しく息をしながら、震える手でドレスを脱ぎ捨てた。
「……か……狩谷さん……?」
 きょとん、とした表情で椎名さんがこちらを見つめている。
(違う、あなたがすべき表情はそんなものじゃないの)
 私は有無を言わさず椎名さんを押し倒した。新たに芽生えた欲望――支配欲を満たすために。彼女を屈服させるために。





(――これでラスト――)
 お互いの肉体を堪能し絶頂を迎えた瞬間、そう思っていた。だから、いきなり狩谷さんがドレスを脱ぎ捨てあたしを再びベッドの上へと押し倒した時、何が起こったのか一瞬理解できなかった。
「……か……狩谷さん……?」
 でも、驚いてばかりいる時間はいつまでも続かなかった。狩谷さんは、ボリューム抜群の胸をあたしの胸へ押し付けると、そのまま上下左右に激しく揺れ動いた。敏感になったお互いの乳首が触れ合い、擦れ合い、何度目になるのか快楽の電流があたしの全身を駆け巡る。
「か、狩谷さん……あ、ひゃあっ!?」
(う、うそ……彼女って……こんなに激しい人だったの……?)
 狩谷さんの弾力に富んだおっぱいと乳首の感触の良さに、為す術もなくされるがままのあたし。二度の絶頂を迎え悦楽漬けになっていた肉体には、微かな力すら入らない。そんなあたしを見る彼女の目が、どこか冷たい悦びの光を宿しているように見えるのは、気のせいだろうか……ダメ。気持ちよすぎて、何も考えられない。
「んん……この擦れている感じ、たまんなぁい……あんっ」
 狩谷さんが、喜悦の色を満面に浮かべて、胸を押し付けるのに夢中になっている。それはそれで嬉しいけれども……でも……ほんとに……はげし…………すぎ…………
「……やん……まだ……逝ったばかり……なのに……ダメぇ……」
 ……ああっ……あんなに零れたのに……また溢れてる…………熱いお汁が……あたしの大事なとこから…………『ごぽぅごぽっ』って…………卑猥な水音が…………聞こえてきそう…………
「……はぁ、はぁ……ねえ、椎名さん……お願いがあるんだけど」
「……あ……はあ……あうん……えっ?」
 絶え間ない悦楽責めで意識が朦朧としかけるあたしの耳に、狩谷さんが囁きかけた。そして、彼女の次の言葉を聴いた瞬間(とき)、それこそ自分の耳を疑った。
「……四つん這いになってくれない?」
 四つん這い。その単語を耳にした途端、かあっと頭に血が上った。首に巻かれた革の感触を改めて思い、子宮がきゅっと締まる。
「……え……えっ……四つん……這い……ひゃん!?」
 相変わらず身体のあちこちを狩谷さんの手によってくまなく愛撫され、聞き返すあたしの台詞も、満足な言葉になっていない。
(……よ……四つん這い……って……そんな……)
 首輪以外何一つ身に纏わぬままの四つん這い。
 偽りようのない牝犬そのものの自分の姿を想像し、背筋がぞくぞくと震えた。
「そう……四つん這い……」
 もう一度繰り返された狩谷さんの言葉が、あたしの官能の炎に一層油を注ぐ。が、素直に首を縦へ振るのには、ためらいがあった。そんなあさましくはしたない姿を、同性に見せた事なんて一度もなかったから。まして、ご主人様以外にお許しを得る事なく、牝犬の格好をそこまで見せていいのだろうか。なりゆきとはいえ、こんな状態になってしまって何を今更、と自分自身でも思うけど、感情は、そう簡単に割り切れない。
 そのわずかな間にも、あたしの崩れた理性のかけらを残らず払おうとするかのように、狩谷さんは、あたしの乳首を指でこね、膝で秘部を刺激してくる。
「……はあ……はあ……ここで……四つん這いに……なるの……?」
 乳首が痛いほどに屹立し、秘部の茂みから溢れ出す愛液は量を増すばかり。汗やらイヤらしいお汁やらで、背中のシーツは、その用をなさないくらいに濡れている事だろう。
「いいでしょ?」
 ふっ、と耳元へ吹きつけられた狩谷さんの熱く湿った息が、さらにあたしを追いつめていく。
「……ひゃん!?……ああっ……でも……」
 それでも、心のどこかにある微かな抵抗がまだ消えない。
「そっか……神崎さんには見せられても、私には見せられないんだ……」
「……ああん……え……ええっ!?……な、何で……か、神崎の!!」
 何で、そこで神崎の名前が出てくるのよ。まさか、あたしのご主人様の正体がばれていたという事なの。
 驚愕し動揺が抑えられないあたしの身体から、狩谷さんが離れた。やや醒めた風の表情で、あたしを見下ろしながら。
「当たり前よね、私はご主人様じゃないもんね。変なこといってごめんなさい」
 そう言って悲しげに目を伏せる彼女の姿に、あたしの胸がちくっと痛みを覚える。
「じゃあ、今日はもうこれで終わりにしましょう」
「……ま……待って!!」
 立ち上がりシャワーへ行こうとする狩谷さんを、あたしは声を上げて止めた。
「……待って……ください……」
 涙目になっているのか、立ち止まった狩谷さんの麗しい裸体が、滲んで見える。あたしの胸は、妙な罪悪感でいっぱいだった。
(――そ、そうだった。今夜だけは、彼女と一緒になるんだった。そのために、この首輪の事も打ち明けたはずじゃないの――)
 相手によっては嫌悪と侮蔑の態度をとられても仕方ないその事実を、狩谷さんは、きちんと受け入れ認めてくれた。そんな彼女に対して、あたしは何て心ない態度を取ってしまったのだろう。それなら、最初から拒めばよかったのに。
「でも、これ以上やったらあなたのご主人様に悪いし……」
 振り返りざま、狩谷さんがそう語りかけてくる。別にこの部屋から出ていっても、彼女には、きちんと待ってくれている人がいるのだ。その人をどれほど大切に想っているか、彼女の表情や言動を見れば、十分すぎるほど伝わってくる。
(あたしは……)
 ようやく、覚悟が決まった。
「いえ……今夜だけは……あなたの物だから……」
 あたしは、狩谷さんの方を真っ直ぐ向いて応えた。彼女の目から、決して視線を逸らさない。
「…………本当に、いいの?」
「……はい……」
 顔が真っ赤になるのが自分でも分かったけど、今度は首を縦に振る事ができた。
「……今夜だけは……あなたが……あたしのご主人様だから……認めます……だから……」
 償わなければならない。彼女へ不誠実な態度をとったあたしに、『人間』を名乗る資格などない。
「……あたしを今晩は……奴隷として……扱って……ください……」
 いかなる責めも甘んじて受けよう。彼女の前に、牝犬としての姿を余す事なく晒け出すのだ。
「分かった……」
 狩谷さんは、踵を返しあたしの前まで戻ってきた。その瞳に喜悦の色が浮かんでいるのが分かり、あたしは、少しだけほっとした。でも、気を抜くのは早すぎる。今宵のご主人様に、もっと悦んでいただかなくては。
「じゃあ、四つん這いになって」
「……はい……」
 狩谷さんの命令に羞恥を駆り立てられつつ、あたしは、ベッドの上に両手をついた。





 どうしてこんなことになってしまったんだろう。恥ずかしそうに、でも硬く決意した顔で四つん這いになる椎名さんを見ながら、私はわずかに後悔の念を覚えていた。けれど、それ以上に暗い悦びが私の心を満たしていた。
 二度目の絶頂を迎えた時、体はすでに満足していた。
 けれど、心は――どす黒い欲望を抱いてしまった心は満足などしていなかった。
――彼女を堕とせ
 そんな声がどこからともなく聞こえてきた。
 けれど、四つん這いになるのを躊躇う椎名さんを見ていると、興奮のあまりどこかに吹っ飛んでしまっていた良心が、私の胸を締め付けた。
 彼女には神崎さんというご主人様が居る。なのに、彼以外の人に痴態を見せられるわけないじゃない。思うに二人はただの奴隷とご主人様という関係ではない。もっともっと深いところで繋がっている。そんな二人の間を引き裂くようなことを、するわけにはいかない。
 ふと我に返り、頭を冷やすためにシャワーを浴びようとした。
 けれど、それを必死に止めようとする椎名さんの声。振り返ると、涙目になりながら、椎名さんは言った。
「今夜だけは……あなたが……あたしのご主人様だから……」
 彼女の目に、さっきまでなかった意志の色が、決意が現れているのを見て、私も覚悟を決めた。
 それと同時に、一度は抑えられていた欲望が頭をもたげた。
(椎名さん……あなたの目から、その強い意志の光を奪ってあげる)
「こんなことやったことないし、本当に嫌だったら言ってくださいね」
 私の言葉に椎名さんは無言で頷いた。ゴクッ、思わず生唾を飲んで、私は『命令』を下した。
「じゃあ……その格好のまま、オナニーをしなさい」
「えっ。この格好で、ですか?」
「そうよ。もちろん私にあなたの厭らしいところがよく見えるように、足を大きく開いて、ね」
「……か……かしこまりました……」
 真っ赤になった顔を背けるように体を180度回転させ、椎名さんは私にお尻を向けた。そしておずおずと片手で秘部を愛撫し始めた。
 くちゅ、くちゅっ、厭らしい水音を立てながら喘ぎ声を発する彼女に残酷な命令を与えた。
「そして、オナニーしながら神崎さんに……ご主人様にお詫びしなさい」
「……ああぅ……お許し下さい。……今夜……このはしたない牝犬は……ご主人様以外の方の奴隷として……その厭らしい本性を全て曝け出します。……ああっ……申し訳……ございません……。ご主人様……お許しを……。あ、ああ、あんっ!!」
 恥ずかしさと快感で腕に力が入らなくなったのだろう、椎名さんは顔をベッドに押し付けるように倒れこんだ。自然に突き出される形になったお尻が私の加虐心を擽るようにゆらゆらと揺れる。

 理知的な美人が恥ずかしいのをグッと堪え、秘められた部分を全て露にし、従順に私の言葉に従う姿は、私に今まで考えたこともない責めを閃かせた。
「よく出来ました。じゃあ、次は私の奴隷になるという誓いを立てなさい」
 そう言いながら、目の前でふるふると揺れる臀部を撫で、アナルを刺激すると、刺激に体を震わせながらも、椎名さんは私に奴隷の誓いを立てた。
「は、はい……ううん……今宵……私、椎名優子は……狩谷由美様の……牝奴隷と……して……服従し……ご奉仕することを……誓います……どうか……この厭らしい牝犬で……楽しんで……くださいませ……」
 汗だけではない液体が彼女の太ももを伝い、シーツをぐしょぐしょに濡らしていた。わざと羞恥を高めるように股間を覗き込みながら秘部にそっと触れた。絶えず湧き水のように噴出してくる愛液が、私の指をぬるぬるに濡らす。
「あらあら、こんなにびしょびしょ。本来のご主人様以外に奉仕するのがそんなに嬉しいの?」
「……は……はい……今宵……私の身も心も……全て……狩谷様の……ものですから……狩谷様にお悦びいただくのが……何よりの……牝犬の悦びで……ございます……はううっ!!」
(ああ……何て厭らしくて、素敵なんだろう)
 もっともっと、彼女を淫らに喘がせたい、快楽しか考えられないようにしたい。
 私の止まることを知らない欲望は、私に新たな責めを命じた。





(……や……やっぱり……ばれていたんだ……)
 自分を慰めながら本当のご主人様へお詫びするよう、狩谷さんから最初の命令が下された時、あたしは、息苦しさに襲われた。一夜限りとはいえご主人様以外の人物へ己の身も心も捧げる罪悪感と、よく知っている人物に、あたしと彼の秘密を知られてしまった不安から来る圧迫感で。けれども、それ以上にさらなる羞恥と責め苦を望むあたしの肉体は、どこまでもあさましくイヤらしい牝犬そのものだ。
「……ああぅ……お許し下さい。……今夜……このはしたない牝犬は……ご主人様以外の方の奴隷として……その厭らしい本性を全て曝け出します。……ああっ……申し訳……ございません……。ご主人様……お許しを……。あ、ああ、あんっ!!」
 最後は、まともな言葉にならなかった。こみあげてくる恥辱とそれを上回る悦楽に力を奪われたあたしは、耐えきれずに顔からシーツの上へ崩れる。完全に、お尻を上へ突き出した格好になった。そこへ狩谷さんから、自分の奴隷である誓いを立てるよう、次の命令が下る。
「は、はい……ううん……今宵……私、椎名 優子は……狩谷 由美様の……牝奴隷と……して……服従し……ご奉仕することを……誓います……どうか……この厭らしい牝犬で……楽しんで……くださいませ……」
 臀部を撫でられ、菊座を刺激されただけで、あたしの牝汁は止まる事なく、太股やシーツをより一層濡らしていく。
「あらあら、こんなにびしょびしょ。本来のご主人様以外に奉仕するのがそんなに嬉しいの?」
 狩谷さんの冷笑気味な言葉が、あたしの頭上へ降ってくる。
「……は……はい……今宵……私の身も心も……全て……狩谷様の……ものですから……狩谷様にお悦びいただくのが……何よりの……牝犬の悦びで……ございます……はううっ!!」
 もう、それだけを応えるのに精一杯だった。とうとう、新たなご主人様に対して、忠誠まで誓ってしまった。背徳の思いが、悪寒となって背筋を昇っていく。でも、あたしの牝は濡らすのを止めない。
「そう……」
 狩谷さんの声は、依然として冷静な調子のままだ。彼女に背を、いや、お尻を向けている状態なので、どんな表情をしているのか伺う事はできない。まして、主従の契りを立てた今では。
「んっ!?」
 終わりのない刺激。狩谷さんの指が丁寧にほぐしながら、あたしの後ろの穴へ入っていく。嘘、そんな穢れた箇所へ指を入れるなんて。でも、奴隷としての誓いを立てたあたしには、それを問う権利などない。加えて、
「それじゃあ、私が厭らしい牝犬に尻尾をつけてあげるから、それで一度逝っちゃいなさい」
 牝奴隷に相応しいご褒美の品をいただく事になり、あたしの肉唇は、すっかり悦んでぬるぬるになる一方だった。
「……は……はい……あ……ありがとう……ございます…………ああ……いい……」
 シーツをぎゅっと掴みながら、あたしは、後ろの穴を丹念にほぐす狩谷さんの指に耐える。耐えながら感じている。とめどなく溢れた牝汁は、シーツにどれだけ大きなシミを作ったのだろう。
「どう?尻尾、気持ちいい?」
 ああっ、新たな力があたしの後ろへ加わった。狩谷さんが、二本目の指を一本目と合わせるようにして、あたしの汚らわしいア○ルへ咥(くわ)え込ませたのだ。その圧迫感がまた、
「あん……あ……はい……尻尾……気持ち……いいです……」
 あまりの心地良さに、両足が、さらに全身がガクガクと震える。
「ふふっ……中で広げてあげるね」
 尻尾をつくる二本の指が、あたしの後ろへ挿(い)れたままくっついたり離れたりする。それをゆっくりと繰り返される。中の粘膜を傷つけないよう慎重にやってくれているのだろうけど――想像を絶する悦楽の渦が、あたしを襲い呑み込んだ。
「……あ……あひっ!?……ひゃい……あああああっ!!」
 悲鳴とも嬌声ともつかない叫び声が、口から勝手に迸る。気づけば、反射的に上半身を起こしていて、再びあの四つん這いのポーズへと戻っていた。でも、そんな事を気にしている余裕はない。
「……や……やん……あひぃ!!」
 狩谷さんは、今宵のご主人様は、ご満足なさっておられるのだろうか。不満であれば、途中でやめさせたり、お仕置きされたりするだろうから、ご不満に感じられていないと思うけど。 でも、そんな気持ちも、指尻尾がもたらす快感の前に跡形もなく消し飛んでいく。今のあたしは、まさに淫欲で溺れきったただの獣だった。
「立派な尻尾が生えて、よかったわね。そうだ、尻尾を生やした牝犬が人間の言葉を喋るなんて、あり得ないわよねぇ!?」
 最後の言葉を強調するのと同時に、指尻尾をさらに奥まで挿れ掻き混ぜてくる狩谷さん。
 はい。おっしゃる通りです、ご主人様。快楽へ流され溺れるしか能のない下等な牝犬が、人間様と同じ言葉を喋るなんてあり得ません。しかるべき罰を与えられても仕方のない粗相でございました。
「……あ……あ……わ……わん……く……くうううんっ!!」
 今宵の私は、狩谷様所有の牝犬です。先ほどの誓いに、偽りはございません。ですから、一生懸命御奉仕させていただきます。懸命に啼かせていただきます。イヤらしく、はしたなく、下等な牝犬に相応しく――
「……わん……わわん……わん……わおおおんっ……!!」
 狩谷さんにア○ルを嬲られる悦びで、あたしは、淫乱な牝犬そのものとして吼え、むせび泣いた。





「……わん……わわん……わん……わおおおんっ……!!」
 四つん這いになり、お尻の穴に私の指を咥えて本物の犬のようにワンワンと鳴く椎名さん。秘めやかな部分を隠すどころか私に見せつけんばかりにお尻をくねくねと揺らし、愛液を涎のごとくダラダラとシーツに垂れ流す姿は普段の彼女とはあまりにもかけ離れていた。
「いい子ね」
 そう言って頭を撫でると嬉しそうに「くぅん」と鼻を鳴らした。ふふ、椎名さんったら、本物の犬みたい。このまま鎖で繋いで飼ってしまおうかな。誰にも気付かれない内にこの船を抜け出して……って、一体何を考えてるの、私は。私には恭介さんがいるし、椎名さんには神崎さんがいるじゃない。
 椎名さんとこうして居られるのも、今晩だけ。だから……一生忘れられない快楽を、与えてあげる。密かに見えない鎖を括りつけてあげる。
 椎名さん……私の……今晩だけは私だけの、可愛いワンちゃん。

「いい子にはご褒美をあげる。降参のポーズになりなさい」
 そう言って私は椎名さんのお尻の穴から指を引き抜いた。
「はうっ」
 ブルッと全身を震わせて崩れそうになるのを何とか堪えた後、椎名さんは私の命令どおり背中をベッドに着け、手足を犬のように曲げた。
「……わ……わん……くっ……」
 どこもかしこも敏感になっているのだろう、シーツに背中が触れた瞬間、小さく喘いだ。
 降参のポーズ――俗に言うまんぐりがえしになった椎名さん。彼女本来の性格を残しているのはツンと勃った乳首とクリトリスだけ。
 焦点の合っていない潤んだうつろな瞳も、熱を帯びた体を冷まそうとだらんと口の外にはみ出している舌も、力なく握られている拳も、ぱっくりと開かれた愛液を止め処なく噴出す秘部も、今の彼女は発情しきった牝犬であることを示していた。
 本来人前に出すものではない隠すべき部分を全く隠そうとしない、さっきまであったはずの羞恥もどこかへ失くしてしまった彼女の姿に、体の中から毛穴を無理矢理開かれるようなゾクゾクした快感を覚えた。
「よく出来ました。ねぇ、見て……あなたを虐めながら、私もこんなになっちゃったの。……一緒に逝こ、ね?」
 椎名さんに彼女と同じくらいドロドロになった秘部を開いて見せた。
「くううん……ぺろ……ぺろ……ちゅぷ……くちゅ……ちゅぱ……」
 顔に垂れた愛液を美味しそうに舐め取る彼女に秘部を押し付けると、ちゅっと吸いついてからペロペロと舌を動かし始めた。ねっとりとした舌の感触やふんふんと秘部にかかる熱い吐息がとても気持ちいい。
「あんっ……ううん……いい……凄く、気持ちいいよぉ……私の……愛液、ああっ、美味しい?」
「……ちゅぷ……ちゅる……く……うん……わんっ」
 私の問いに肯定を表すように彼女は吼えてくれた。
 顔がべたべたになるのも構わず一心不乱に舐めてくれる彼女が、そんな中でも私の声をちゃんと聞き取ってくれる彼女が、たまらなく愛おしかった。
「ありがとう……れろ……くちゅ……んんっ……。あなたのも……とっても美味しい……」
「……くうん……ううん……ちゅぱ……ちゅぱ……」
「もう一つのお口にも、飲ませてあげるね……はぅっ」
 体をいったん離し、向きを変えて再び彼女に圧し掛かった。ぐちゅ、秘部同士が口付けを交わすと、大きな淫猥な音が部屋に響き渡った。
「……う……あう……くぅ……くううん……」
(もう、駄目……気持ちよすぎて目がちかちかしてきちゃった……)
 膣口同士、クリトリス同士が交わす焼けるような熱い口付けに、私は喘ぎ声を出すことすら出来ず悶えた。
「く……くううん……あ……あうう……」
「ん……ふぅ……はぁ……凄いよ、私達……今、いっぱい、色んなところで繋がってるんだよぉ……」
 ああ、凄い……辛うじて残った理性を振り絞り、椎名さんに今の感動を伝えた。でも、彼女から返ってきたのはわふわふという喘ぎ声だけだった。
 そして……いつしか彼女の喘ぎ声とぐちゅぐちゅという水音が、私の理性をついに奪い去っていた。椎名さんを屈服させたいという浅ましい欲望は、とっくに私の中から消え去って、彼女と一緒に逝くことしか考えられなくなっていた。





 降参のポーズをとるよう命令された時、あたしの中の羞恥心とかプライドのかけらなんてものは、微塵も残らず吹っ飛んでしまっていた。それほど、狩谷さんの指尻尾が後ろの穴に与えてくれる快楽は良すぎて、とても抗えるものではなかった。もともとのご主人様に徹底して開発されたけれども、それとはまた別物。狩谷さんの責めの前に、あたしの心は完全に屈服してしまったのだ、と思い知らされた。
 だから、降参のポーズを取る時、何の抵抗も感じなかった。もっと、この快楽を与えてほしい。それしか考えられない、発情しきった牝犬へと成り下がっている。
『本当に、どうしようもない牝犬だな。何だかんだいったって、お前の本性は、イヤらしいフェロモンをまきちらす淫乱で変態な奴隷でしかねえんだよ』
 あいつの嘲笑うような言葉が、気持ちよさに朦朧としてきた脳裏をよぎっていく。いつも嬲られるたびに言われ、それが事実だと思い知らされずにいられない。本来のご主人様の言葉を、今宵のご主人様の責めによって改めて証明されてしまった。
 でも、もうかまわない。どれだけ蔑まれ貶められてもいい。あたしは、どうしようもなくイヤらしい牝犬なのだから。本来のご主人様から隷属を認められた証の首輪を嵌めたまま、今宵のご主人様との悦楽を貪り溺れる事しか、もう頭にはないのだから。

 と、狩谷さんは、あたしの顔の前で腰を落とした。視界に、すっかりドロドロに溶けた牝の肉唇が映る。きっと、あたしのそれも今同じ状態になっているんだろう。同性の秘部を、見た事が全くないわけじゃない。だけど、これほど淫欲で濡れぼそったのを見るのは初めてだ。
「よく出来ました。ねぇ、見て……あなたを虐めながら、私もこんなになっちゃったの。……一緒に逝こ、ね?」
 ああっ、彼女も悦んでいるんだ。
「くううん……ぺろ……ぺろ……ちゅぷ……くちゅ……ちゅぱ……」
 無性に嬉しくなって、狩谷さんの秘部から次々と垂れてくる淫蜜を、片っ端から舌で舐め取った。さらに、その秘部が顔へと押し付けられてくると、あたしはキスをし、淫蜜を啜った。初めて吸ったそれは、熱くて、微かに塩味がある。あいつがイヤっていうくらいに注いでくる牡のそれとは、全然違う味だ。でも、どちらにも神経を麻痺させる妙な甘さみたいなのを感じるのは、あたしが淫乱なだけなのかしら。
「あんっ……ううん……いい……凄く、気持ちいいよぉ……私の……愛液、ああっ、美味しい?」
「……ちゅぷ……ちゅる……く……うん……わんっ」
 悦楽漬けで半ば夢見心地のあたしは、吼えるだけで精一杯。
「ありがとう……れろ……くちゅ……んんっ……。あなたのも……とっても美味しい……」
「……くうん……ううん……ちゅぱ……ちゅぱ……」
 顔中が狩谷さんの熱いお汁でベトベトするけど、それがかえって彼女に牝犬として可愛がられている気がして、舌での『御奉仕』に一層熱が入る。それで応える事しか、今のあたしにはできなかった。

「もう一つのお口にも、飲ませてあげるね……」
 狩谷さんの秘部が、あたしの顔から離れる。それから、態勢を変えて再びあたしの上へ覆い被さった。
「はうっ」
 狩谷さんが、喘ぎながら秘部を今度はあたしのそこへと押し付けてくる。ぐちゅ、秘部同士が口付けを交わすと、大きな淫猥な音が部屋に響き渡る。あふうっ。膣口同士、クリトリス同士が交わす焼けるような熱い口付けに、今宵のご主人様もご満悦でいらっしゃるみたい。
「……う……あう……くぅ……くううん……」
 熱い。身体が、あそこが、ものすごく熱くて我慢できない。すでに演技でも何でもなく、あたしは、自ずとあさましい牝犬としての喘ぎ声しか口から出なくなっていた。
「く……くううん……あ……あうう……」
 どんな言葉も唇から漏れる時には、淫らな獣の呻きにしかならない。上のお口も下のお口も、だらしなく体液を垂れ流しにしたままだ。
「ん……ふぅ……はぁ……凄いよ、私達……今、いっぱい、色んなところで繋がってるんだよぉ……」
 狩谷さんが、官能に溺れて半ば泣きそうな、陶酔したような妖艶な笑顔を見せてあたしに語りかけてくる。玉みたいな汗の滴る彼女の肌の、何と艶っぽい事か。

「ああ、ああ、ねぇ、美味しい?私の愛液、美味しい? ねぇ、ねぇってばあ……」
 ごめんなさい。美味しい。ご主人様のお汁、美味しいんです。ですが、申し訳ございません。発情しきった牝犬は、人間様のように舌を上手に使えなくて、言葉を上手に出せないんです。ああっ、お許しを。
「……ん……んふう……わおん……わん……わん……わん……!!」
 心の中で許しを請いながら、あたしは、ただ牝犬として感じながら啼くだけ。
 そのうち、狩谷さんの息の乱れが、急にひどくなった。ああっ、三度目の限界が近づいてきているんだ。それはまた、あたしも同じだった。
「ねぇ……逝こう? 一緒に……逝こう? 私、もう、逝っちゃう逝っちゃうよぉ……!! 体中、どこもかしこも、逝っちゃうよぉ……!!」
 制御しきれずに暴走する感情を叩きつけるように、狩谷さんは、再びあたしの唇を奪った。柔らかな舌があたしの唇を割り、あたしの舌へねっとりと絡みつく。
「ちゅ……あむ……んっ」
「……んん……んんん……んんんんんんんーーーーーーーっ!!」
 お互いの舌を貪り合い、唾液を啜り合い、吐息をかけあいながら、あたしの脳細胞は次々とスパークし、急激に絶頂へと昇っていく。
(……ああ……もう……いい……さいこう……たまんない……ああ……このまま……かりやさんと……)
 悦びと幸せの洪水が、正気を押し流し呑み込んでいく。
「ふぅん……ん……ん、ん、ん、んんんんんんんんんんんんんん――――――――!!!!!!!!!!!!」
「……ん……んあっ!!」
 とうとう酸欠と悦楽で、弾けるようにお互いの唇が離れた。それが、合図だった。
「あ……あ……ああ……あおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーんっ!!」
 涙と涎と汗とイヤらしい汁を存分に撒き散らし、牝犬らしい鳴き声を喉の裂けんばかりに迸らせ、あたしは三度目の絶頂を迎えた。





「ああ、ああ、ねぇ、美味しい? 私の愛液、美味しい? ねぇ、ねぇってばあ……」
 もう、自分でも何を言っているのか分からなかった。椎名さんが愛しい、椎名さんと一緒に逝きたい。ただそれだけしか考えられなかった。
「ん……んふう……わおん……わん……わん……わん……!!」
 私の訳の分からない言葉にも、椎名さんはちゃんと返してくれた。息も荒く、もうすぐ絶頂に達しそうなのが見ていて分かった。快感で意識も朦朧としてるはずなのに、私の言葉を聞いてくれている。そのことが凄く嬉しかった。

 そう、彼女は私のどんな仕打ちにも、私の暴走した醜い欲望にも答えてくれた。きっとこれは彼女の真っ直ぐで不器用な本質のためなんだろう。相手の思いを無下にするなんてことは出来なくて、でも流すことも出来なくて、だから真っ直ぐに逃げることなく受け入れる。
 普段の彼女は人一倍負けず嫌いで、強くありたいと願っている。その一方で自分の弱い部分を全て曝け出してしまいたい、誰かに甘えてしまいたいという想いはずっと心の奥で燻っていたんだろう。その鬱屈した想いが彼女をMに走らせたのかもしれない。
 ――そして、彼女は出会ったんだ。神崎さんに、自分の弱い部分を、今まで誰にも見せなかったもう一人の自分を全て受け入れてくれる人に。
 神崎さんは、彼女の隠された願望を叶えてやり、燻っていたものを解き放った。絶対的なご主人様として君臨することで。こういう愛の形もあるんだ。
 全く、これで付き合ってないなんて、ただの仕事の同僚だなんてよく言えたもんだ。いや、嘘のつけない彼女のことだ、きっと本当に気付いてないんだろう。神崎さんの暖かい想いにも、自分自身の気持ちにも。
 ちょっとだけ神崎さんに同情した。そして心の中で彼に詫びた。ごめんなさい、今日だけあなたの大切な人をお借りします。あなたの愛する彼女と夜を共に過ごすことを許してください。あなたが躾けた奴隷を飼育することを。
「ねぇ……逝こう? 一緒に……逝こう? 私、もう、逝っちゃう逝っちゃうよぉ……!! ちゅ……あむ……んっ」
 もう、限界だった。絶頂を求めてどこまでも駆け上がる体は震えることを止めてはくれない。椎名さんの半開きになった口に、絶頂が近くて息をすることもままならない口に、思いっきり吸い付いた。そして、蹂躙するように、舌を突き入れた。最後までご主人様としての立場を保つことで、彼女を満足させたかったから。今日、こんなに感じさせてくれた彼女への感謝の気持ちを表さなければ。それがご主人様としての務めだ。
「……んん……んんん……んんんんんんんーーーーーーーーーーーーーっ!!」
(ああ……何だか体がふわふわする……もうらめ……わたし、わかんない。しいなさんとつながってるところしか、わかんにゃい……)
 駄目……もう、椎名さんを感じさせようとか考える余裕もない。本能のままに快感を貪ることしか出来なかった。
「ふぅん……ん……ん、ん、ん、んんんんんんんんんんんーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
「……ん……んあっ!! あ……あ……ああ……おおおおおおおーーーーーーーーんっ!!」
「ああああああああああああああっっ!!!! い、逝くうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
 快楽のあまり唇が離れた途端、体を焼き尽くしそうなまでの快感に、全身が震え、辺りに火花が飛び散り、秘部からは潮を噴きながら……逝った。
 気持ちよすぎて涙が出ることってあるんだ。そんなことを思いながら、そのまま意識を失った。





 正気へ戻るまでに、どれくらいかかっただろう。それでもなお、牝の様々な体液にまみれた身体は心地よい痺れと気怠さに支配され、ベッドの上から動けなかった。ただ、微かな揺れを背に感じながら、ぼーっと灯りがついたままの天井を見上げている。
 それは、ほとんど同時に正気を取り戻した傍らの狩谷さんも同じみたいだった。
「……ねえ……あたしのご主人様の事……いつから気づいていたの?」
 あたしは、行為の最中も気になっていた事を問いかけようと、狩谷さんの方へ視線を向ける。それだけで、もう精一杯。三度の絶頂は、あたしから体力と気力の全てを奪っていた。
「……はぁ……あなたが……チャイナを脱いで首輪を見せてくれて、ご主人様が居るって言った時……」
 まだ全身で息をしながらも、狩谷さんは、あたしの方へ首を傾けにこやかに応えてくれる。ちょっと身じろぎをしただけで、彼女の豊かさと美しさが凝縮された双乳が揺れて、ちょっとどきっとしてしまった。
「……うそ……それだけの情報で……分かったの……?」
 あいつの名前なんて、この部屋へ入ってから一言も口にしていないのに。
「ええ。神崎さんとあなたはただの会社の同僚って関係じゃないことは見当がついてたし。大体他に考えられないじゃない。」
 驚いてかたまっているあたしへ、軽くウインクをしてくる狩谷さん。
「……あはは……おそれいりました……」
「ふふ、伊達に敏腕社長の心の内を察して彼の仕事を少しでも減らすために常に頭をフル回転させてないわよ」
 まあ、確かにそうかもしれないけど。
「……はあ……前々から思っていたけど……あたしって、そんなに分かりやすいのかしら……」
 よく、『顔に出やすい』って言われるけどさ。
「そりゃあもう。こういうのをまさに火を見るより明らかっていうんでしょうね」
「……あうう」
 忌憚なき狩谷さんの意見に、がっくりときてしまう。きっと、顔が恥ずかしさで真っ赤になっているに違いない。
「主従関係はともかく、何かあるな、っていうのはよっぽどの鈍感じゃなかったら気付くわよ」
「……なるほどね……ところでさっきのプレイ……随分と上手だったけど……もしかして……篠山社長で慣れているとか?」
 だけど、このままやりこめられているのもちょっと癪なので、あたしの方からそんな質問をしてみる。
「ま、まさか!!あんなことやったの生まれて初めてよぉ。恭介さんとは普通のエッチしか……って、何言ってるんだろう、私」
 予想通り、今度は、狩谷さんの顔が真っ赤になった。あたしと違って、社長とはノーマルな関係なんだろうなあ、って思ってはいたけどね。でも、彼も、ああ見えてけっこう濃いプレイをしそうな感じはするんだけど、あたしの気のせいかしらね。
 それにしても、こうしているとけっこう可愛いのね、この人。彼女の新たな一面を垣間見た思いがして、嬉しい気持ちになる。
「ははは、ごめんなさい。冗談よ。でも、初めてにしては凄かったわ」
「……ご、ゴホン……虐められて喜ぶ椎名さんを見てたら、次から次へと攻めを思いついちゃったのよ」
「ううっ……改めて言われると、ちょっと恥ずかしいなあ……自分が、Mって自覚はあったけどねえ……」
「私、ひょっとしたらSなのかしら。さっき、椎名さんを虐めてる時、めちゃくちゃ感じてた」
 狩谷さんが、さっきまでの可憐さとは打って変わって、にやり、と妖艶で淫靡な笑みを浮かべる。
「残念、もう少し早く椎名さんと知り合っていれば、私が本当のご主人様になれたかもしれないのに……なぁんてね」
 冗談めかして言ったつもりのようだけど、あながち冗談に聞こえなくて、ちょっと冷や汗が。
「あはは……」
 そりゃ、乾いた笑いしか出てこないわ。
「だけど……ほんと、あなたとこんな夜を過ごす事になるなんて思ってもいなかったわ」
「ほんと、どうしてこんなことになったんだか」
 あたしたちは、改めて天井を見上げながらしみじみと呟いた。あたしも裸。狩谷さんも裸。おまけに、あたしはペットみたいに首輪付。この部屋に誰か入ってきたら、あたしたちどう見えるんだろう。
「まぁ、神崎さんに飽きたら私のところにいらっしゃい。ま、そんなことは天地がひっくり返ってもなさそうだから言うんだけどね」
「あはははは……ほんと、あいつは特別優しいわけじゃないんだけど……何だか、あいつの奴隷ってポジションから離れられないのよねえ……」
 今言った台詞、『人間やめました』って自分で宣言しているようなもんなのに、何か胸が暖かくなったような。さっきの狩谷さんと睦み合った時とは違うこの熱。気のせいかしら。
 それはともかく、
「……ねえ」
 あたしは、さっきから考えていた事を口にした。
「あたしたち、もうこんなことするくらいになったんだし……一応ある程度は打ち明けて話せるようになったからさ……お互い下の名前で呼んでみない?」
「確かにこれだけやっといて、いまだにお互い苗字で呼ぶのはおかしいわね……」
 と狩谷さんが、またあたしの方を向いて笑う。
「じゃあ……これからもよろしくね、優子さん」
「こちらこそ。由美さん」
 二人で見つめ合い、思わず噴き出してしまった。
「あはは。私達、何だか順番が無茶苦茶だね」
「そうだね、ははは」



 こうして、あたしたち二人の夜は過ぎていった。
 お互いに散々楽しんだせいかもしれない。そのまま、揃って眠りの底へと沈んでいく。何というか、不思議というか……妙に濃い夢を見た。あたしが、狩谷さん、いや、由美さんの手でどこかに監禁され、牝犬として飼育調教される夢。
 いくら、行為を済ませた後とはいえ、何て夢を見てしまったのかしら。すごく恥ずかしい。



 でも、本当に恥ずかしい目にあったのは、目が醒めてからだった。



「おはよう。すごい気持ちよく寝てたねえ。牝犬ちゃん」
「ふぇ?……神崎……何でここに……」
 よく見覚えのある顔を目にした途端、あたしの顔から血の気が引いた。ベッドへ繋がれているのだろう、手足がまるで動かない。おまけに何度も経験した事のある、胸や大事なところを搾り出すようなこの拘束感。
「昨夜は、よその会社の秘書さんと随分楽しんでいたみたいじゃないか?」
「えっ!?」
「とぼけても無駄だ。お前、分かりやすいし……第一なあ」
 そう言って、神崎――あたしの本来のご主人様は、目の前に何かをかざした。それが何か分かった瞬間、あたしは氷みたいに固まった。
「ドアの前に部屋のキーを落とすなんて、不用心にもほどがあるぜ」
 ああっ、不覚。きっと、ドアを開けたあの時に違いない。あたしも由美さんもべろんべろんだったし、お互いの身体を一刻も早く味わいたくて、注意力が落ちていたのかもしれない。
 でも、ちょっと待って。
「っていう事は、まさか――」
「最初から最後まで見せてもらったよ。二人揃っていい乱れっぷりだったし、何より狩谷さんがすごいご主人様らしかったじゃあないか」
 うわっ、最悪。あの痴態の一部始終を見られていたなんて――あれ?
「そういえば、由美さ……狩谷さんは?」
「ああ。彼女なら、別の部屋に運ばれたよ。彼女の婚約者殿にな」
「えっ!?まさか篠山社長も!!」
「一緒に楽しく拝見させていただいたよ」
 あうう。穴があったら入りたい、ってきっとこういう気分なんだろうなあ。
「だ、だったら、さっさと、へ、部屋に入ってくれば、よ、よかったじゃない!?」
「何でだ?」
「な、何でって……」
「自分の奴隷のイヤらしい痴態をどう酒の肴にしようが、それは、ご主人様の勝手だろう?」
「うっ」
 そう言われてしまっては、ご主人様によって人間としての権利を一切剥奪された身分では文句もいえない。
「まあ、篠山社長もまんざらじゃあなかったみたいだし」
 ぬっ、とご主人様の意地悪な笑顔が、身動きとれないあたしの目の前に迫る。こ、怖い。
「同性とはいえ酒に飲まれてひょいひょい浮気するような牝犬ちゃんは、きちんと躾直さないといけないからなあ。今日は休日だし、一日この部屋借りたし、二人でじっくり船の中を楽しもうぜ。牝犬の椎名ちゃん」
 にやにやしながらも断固としたご主人様の口調に、あたしは観念した。



 『たまには綺麗に着飾らせて自慢してえなあ、と思ったけど……こんな風に流されやすいってなると、ちょっと考えねえとなあ』
 そんな言葉を聴いた気がしたけど、篠山社長に別室へ運ばれた由美さんも気になったけど、ずっと一日責められ続けたあたしには、それ以上何かを考える余裕が全くなかった。





「……ねえ……あたしのご主人様の事……いつから気づいていたの?」
 三度目の絶頂を迎えた後、私たちはほぼ同時に意識を取り戻した。
 しばらくぼんやりと天井を見上げた後、まだ余韻とはいえないくらいの名残が残っているのだろう、肩で息をしながら椎名さんは言った。こちらへ少し体を向けることさえ辛そうに見えた。
 もちろん私も彼女と似たようなものだったけど、それでもどうにか彼女の方へ体を向け、言った。お互いに向き合ったせいで、危うく胸同士が触れそうになって、一瞬ヒヤリとした。そうでなくても熱く火照ったままの体に、これ以上熱を注がれた日には、冗談じゃなく焼け死んでしまう。
「……はぁ……あなたが……チャイナを脱いで首輪を見せてくれて、ご主人様が居るって言った時……」
 私の言葉に、椎名さんは目を大きく見開いた。
「……うそ……それだけの情報で……分かったの……?」
 驚いたような、呆れたような顔をする彼女に、私は頷いた。
「ええ。神崎さんとあなたはただの会社の同僚って関係じゃないことは見当がついてたし。大体他に考えられないじゃない。」
 軽くウインクをしながら彼女の問いに答えると、彼女はまいったと言うように苦笑を浮かべた。
「……あはは……おそれいりました……」
「ふふ、伊達に敏腕社長の心の内を察して彼の仕事を少しでも減らすために常に頭をフル回転させてないわよ」
 彼女の苦笑に、少し口元を歪めることで返した。
 正直、椎名さんとある程度面識のある人なら、誰だって分かるんじゃないかなって思ったのは、ここだけの話。
「……はあ……前々から思っていたけど……あたしって、そんなに分かりやすいのかしら……」
 あらら、言わなければこっちからは言うつもりなかったのに。まぁ、こういう彼女の素直というか無頓着というか、……要するにちょっと鈍感なところが彼女の魅力なんだろうけど。
 何にせよ、聞かれたからには答えてあげよう。
「そりゃあもう。こういうのをまさに火を見るより明らかっていうんでしょうね」
「……あうう」
 私の言葉に椎名さんはがっくりと項垂れた。顔はすっかり真っ赤に染まっている。本当に、何て虐め甲斐のある人なんだろう。もう少し彼女の恥ずかしがる様が見たいと、私はさらなる攻撃を繰り出した。
「主従関係はともかく、何かあるな、っていうのはよっぽどの鈍感じゃなかったら気付くわよ」
「……なるほどね……ところでさっきのプレイ……随分と上手だったけど……もしかして……篠山社長で慣れているとか?」
 防戦一方だったはずの椎名さんからの突然の反撃。何の防御もしてなかった私は、柄にもなく滅茶苦茶狼狽してしまった。
「ま、まさか!!あんなことやったの生まれて初めてよぉ。恭介さんとは普通のエッチしか……って、何言ってるんだろう、私」
 あー、落ち着け自分。反撃が効いた事が嬉しかったのか、にやにやと笑う椎名さん。彼女の表情からも、顔が真っ赤になっているのは明らかだった。
 そういえば、今まですっかり忘れてたけど……恭介さん、今何処で何してるんだろう。私達がこの部屋に来てからさほど時間は経っていないし、ひょっとするとまだ神崎さんと話し込んでるのかも。
「ははは、ごめんなさい。冗談よ。でも、初めてにしては凄かったわ」
 恭介さんの事をぼんやりと思い浮かべているのをまだパニックに陥ってると思ったのか、椎名さんがフォローを入れてきた。
 ……でもそれ、あまりフォローになってない気がするんだけど。仕方がないので、それに見合う返答を返した。
「……ご、ゴホン……虐められて喜ぶ椎名さんを見てたら、次から次へと攻めを思いついちゃったのよ」
 そう言うと、椎名さんの顔がますます真っ赤になった。
「ううっ……改めて言われると、ちょっと恥ずかしいなあ……自分が、Mって自覚はあったけどねえ……」
「私、ひょっとしたらSなのかしら。さっき、椎名さんを虐めてる時、めちゃくちゃ感じてた」
 今までそんな自覚は全くなかった。でも、椎名さんが恥ずかしがりながらも快感に悶える様を見て、未だかつてないくらいに興奮したことも確かだった。その事を思い出しながら、照れ隠しも含めて、椎名さんに向かってニヤリと笑った。
「残念、もう少し早く椎名さんと知り合っていれば、私が本当のご主人様になれたかもしれないのに……なぁんてね」
「あはは……」
 私の言葉に本気が少し混ざっていたのに気付いたのか、彼女は乾いた笑みを浮かべた。こういうところは敏感なんだなぁ。いや、彼女は元々とても聡い人、鈍感なのは、彼女自身に関すること限定なんだろう。
「だけど……ほんと、あなたとこんな夜を過ごす事になるなんて思ってもいなかったわ」
「ほんと、どうしてこんなことになったんだか」
 全くだ。お互いに決まった相手が居るのに、その相手をほったらかして……しかも椎名さんなんかご主人様に懺悔してまで私の奴隷として奉仕する羽目になっちゃって。このことが神崎さんにばれたら、大変なことになるんじゃないだろうか。彼女がお仕置きを受けるのは間違いない。まぁ、それで神崎さんとの仲がどうこうなるってことはないだろうし、お仕置きも神崎さんの愛情表現の一つだと思うし……どうにかなるかな。
「まぁ、神崎さんに飽きたら私のところにいらっしゃい。ま、そんなことは天地がひっくり返ってもなさそうだから言うんだけどね」
「あはははは……ほんと、あいつは特別優しいわけじゃないんだけど……何だか、あいつの奴隷ってポジションから離れられないのよねえ……」
 口調とは裏腹に、心底嬉しそうな表情を浮かべ、頬を赤らめる椎名さん。本人が自覚していないだけで、もっと深いところで二人が繋がっているのが見て取れた。

「……ねえ」
 会話が丁度途切れた時、彼女は言った。
「あたしたち、もうこんなことするくらいになったんだし……一応ある程度は打ち明けて話せるようになったからさ……お互い下の名前で呼んでみない?」
「確かにこれだけやっといて、いまだにお互い苗字で呼ぶのはおかしいわね……」
 彼女の言う通りだ。普段人に見せない部分まで曝け出しておいて、今更他人行儀もないだろう。
「じゃあ……これからもよろしくね、優子さん」
「こちらこそ。由美さん」
 しばし二人で見つめ合い、思わず噴き出してしまった。
「あはは。私達、何だか順番が無茶苦茶だね」
「そうだね、ははは」
 私たちはしばらく笑いながら他愛のない話をした。そして、いつしかそのまま眠りについていた。
 この時、椎名さんを檻に閉じ込めて本物の犬として調教している夢を見たのは、ここだけの話。ひょっとしたら、もう二度と訪れないだろう淫蕩な夜を名残惜しいと思う気持ちがこの夢を見せたのかもしれない。



 そして……………………


「ん……」
(あ、よかった……まだ、優子さん居てくれたんだ)
 目を覚ました時、隣から寝息が聞こえてくるのにホッとして、無意識に隣の人物に抱きついた。そして、がっしりとした胸板に頭を押し付け……て? あれ、どうして椎名さんの胸、こんなに筋肉質なんだろう。それに、平ら……。
「う〜ん」
(この声は……まさか!!)
 やっぱり……恐る恐る視線を顔がある方に向けると、そこには見慣れた寝顔、つまり……恭介さんの顔が。
「えええええええええええええええっ?? な、何で?」
 私は慌てて飛び起きた。よく見ると、壁にかかっている絵やら花瓶に活けてある花などが、椎名さんの部屋とは違っていた。私の部屋とも違う。ということは……駄目だ、頭が満足に働いてくれない。
 ここは恭介さんを起こすのが一番の近道。でも……いくら同性とはいえ、浮気をしてしまった後に、一体どんな顔で彼と顔を合わせろというんだろう。まとまらない考えをぼんやりと彼の顔を見つめながら巡らせていると、不意に彼の目が開き、こちらを見て、笑った。
「あー、由美さん目が覚めたんだねー。おはよう」
「! お、おはよう……ございます……」
 あれ、私ったら、何で敬語なんだろう。私は慌てて彼から顔を背けた。バツの悪さと恥ずかしさでまともに彼の顔を見られなかった。しかし、そんな私に気付くことなく、無邪気な声が私に突き刺さった。
「昨日はよっぽど疲れてたんだねー。いくら起こしても起きなくて、僕の部屋まで運んでくるのが大変だったよ」
「……どうやって部屋の中に入ったの?」
 聞きたくない、でも、聞かなければならない事を、私は思い切って口にした。
「神崎さんと一緒に二人を探してたら、椎名さんの部屋の前にカードキーが落ちてたんだよ。それで、ちょっと入ってみたら、中には二人が居て」
 椎名さんって、しっかりしてそうで案外うっかりやさんなんだねー、無邪気に笑う恭介さん。私は全身の血の気がさあって引いていくのを感じた。
「……見たの?」
「何を?」
「いつから見てたの?」
「え〜っと、多分最初の頃からじゃないかな。椎名さんが『最初の一回だけ、いいでしょ?』って言ってたから」
「!!」
 全部、見られてたんだ……優子さんと一緒に逝くところも、優子さんがチャイナドレスを脱いで首輪を露にしたところも……そして、私が優子さんを四つん這いにし、犬のようにワンワンと鳴かせたところも……契約をさせ、奴隷として扱ったことも、全部……。
「由美さん、かっこよかったよ〜。本当のご主人様に見えたもん。椎名さん、とっても気持ちよさそうだったよ。僕、ドキドキしちゃった」
「…………」
 あああああ、もう、最悪だ。よりによってこんな恥ずかしいところを、浅ましい欲望に支配されていたところを、他の人に……しかも婚約者に見られてしまうなんて。
「ねぇ、由美さん」
「……なぁに」
 彼の声のトーンが変わったのに気付いて、私は一瞬身構えた。でも、すぐに力を抜いた。もう、今更何を守ろうというのだろう。あんなところを見られて、何を隠せというのだろう。それこそ滑稽な話だ。軽蔑されても仕方がない。侮蔑の言葉を叩きつけられても、私にそれを否定する術はないのだ。
 どんな言葉が飛び出そうとも、私は驚かない。覚悟を決めた。
「人間って、誰でもSとM二つの面を持ってるって知ってる?」
「え、ええ……」
 予想外の言葉に、一瞬頭が追いつかなかった。一体、何が言いたいのだろう。いつものことだけど、彼が何を考えているのか、さっぱり分からない。
「僕、見たいな、Mの由美さん」
「はい?」
 この人は、一体何を言い出すのだろう。Mの私?
「だって、昨日の晩由美さんがご主人様になってるとこは見たけど、その逆は見てないんだもの。婚約者としては、全てを知っておきたいじゃない」
「はぁ……」
 ね? って言われても、私に一体何を言えと……。
「だから僕、由美さんのご主人様になりたいな♪」
「ええ?」
「僕が調教して、由美さんのMの部分を引き出してあげる」
「引き出してあげるったって……私たち、今までそんなことやったことないじゃない」
 今まで普通のセックスしかしたことないのに、急にそんなこと出来るわけが……。
「怖がらなくても大丈夫だよ。神崎さんから色々と教わったから♪」
「え、ええと……」
「由美さん、僕がご主人様になるの、そんなに嫌?」
 恭介さんが泣きそうな顔でこちらを見つめていた。いや、そういうことじゃなくって。どうすれば、今の私の気持ちを彼に伝えることが出来るんだろう。
「そ、そうじゃないけど……わ、ちょっと恭介さん?!」
「本当?! やった、僕、由美さんの立派なご主人様になれるように頑張るから!!」
「あ、え、あの、ちょ、ちょっと、恭介さん?! ……まぁ、いいか」
 恭介さんに思いっきり抱きしめられ、頬ずりをされながら、これからのことに思いを巡らせた。
(そういえば、優子さんは、大丈夫かなぁ……)
 久しぶりだし、今日はいっぱい啼かせてあげるね♪ そう言われていつになく力強く唇を吸われながら、一晩を共にした友人のことを思い浮かべた。




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